地方発バイオベンチャーで働く博士号取得者たち――社会を動かすイノベーターたちのプロジェクト Vol.4 株式会社メタジェン(中編)

(前回の記事はこちら)

これからの社会を動かす企業やプロジェクトに注目し、そこで働く人たちが成果を生むまでのプロセスを探る当企画。今回のイノベーターは、腸内細菌を研究する株式会社メタジェン。その研究者が、いかに「場を得るか」のお話です。

ベンチャー企業に集まる研究者たち

慶應義塾大学と東京工業大学、大学発ジョイントベンチャーである株式会社メタジェン(以下、メタジェン)は、2015年3月に山形県鶴岡市で産声を上げた。

ここには、慶應義塾大学先端生命科学研究所(IAB)がある。代表取締役社長CEOの福田真嗣さんは、IABの研究者(特任准教授)だ。その後程なく、メタジェンは東京にも事務所を構えた。東京チームを率いるのは、東工大の准教授でもある取締役副社長CTOの山田拓司さんだ。

同社の経営を担う5名の取締役(2018年1月現在)は、全員が研究とビジネスの両方の世界を知る。福田さんと山田さんのほかに、医師であり博士号を持つ研究者が1名、国立感染症研究所で研究職を務めた経歴のある修士号取得者が1名、大学院博士課程在籍中の学生(2018年3月に博士号取得見込み)が1名という内訳だ。

2016年から採用し始めた社員の多くも研究のバックグラウンドを持つ。7名の社員のうち3名が博士号を、2名が修士号を持つ研究員である(2018年1月現在)。博士号を持つ3名は、鶴岡を拠点に主にラボワークに取り組み、便に含まれる腸内細菌や代謝物質などを調べている。一方、修士号を持つ2名は、東京でバイオインフォマティクスのインフラ整備や、広報・営業などを担う。便に含まれる腸内細菌叢の情報から「健康長寿社会」の実現を目指すメタジェンは、研究開発に力を入れている。

 

化学と生物学が交わるとき

博士号を持つ3名の研究員は、いずれもユニークな経歴とキャラクターの持ち主たちだ。そのひとり、伊藤正樹さんは、2017年3月に北海道大学大学院で博士課程を修了し、翌月からメタジェンで働き始めた。大学院では生物学ではなく化学を専門に研究していたというから驚きだ。

「大学院では化学をベースに、新しい材料づくりに取り組んでいました。合成した有機分子と金属イオンを用いて結晶を作製したり、その結晶を動くタンパク質と組み合わせたり。世の中にない新しいものや自分が面白いと思ったものをひたすらつくっていました」

伊藤正樹さん

伊藤さんが特に力を入れていたのは、「生きているような材料」をつくることだ。

「目指していたのは、生命のやわらかさや複雑さ、非線形性といったものを備える材料です。たとえば魚の群れやアリの集団は、ひとつの生命のような振る舞いを見せます。群れに大きな魚が突っ込んできたら、群れをいったん解消してすぐまた群れをつくる。建物や乗り物の壁がそんな素材でできていたら、ドアがなくとも、人が近づいたら自然に出入り口ができる。そんな生命体のような材料をつくりたいと研究に励んでいました」

魚の群れやアリの集団は複数の生命個体で構成され、生命個体そのものも複数の細胞からできている。それと同じように、要素となる分子を組み上げ、「生きているような材料」をつくる。伊藤さんはそれを目指していた。

メタジェンとの接点は、2015年、伊藤さんが博士課程2年の秋にふとしたきっかけから生まれた。

「書店で何気なく手に取った科学情報誌に、福田さんが腸内細菌について語る記事が載っていました。ヒトと腸内細菌の関係のようにお互いがお互いを生かし合い、まるでひとつの個体のように振る舞う関係を『superorganism(超個体)』と呼びます。魚の群れやアリの集団も『superorganism』です。僕は分子の形と機能をデザインすることで『superorganism』のような材料をつくろうとしていましたが、福田さんは、腸内デザインによってヒトや社会を健康にしようとしている。その発想やスケール感が僕にはとてもおもしろく感じられ、その日のうちに福田さんにメールを送っていました。『僕をぜひメタジェンで働かせてほしい』と(笑)」

小冊子_someone
主に教育現場で配布されている、科学情報誌『someone』。ここに掲載されていた腸内細菌に関する記事が、伊藤さんのメタジェン入社のきっかけとなった。

伊藤さんのメタジェン入社は、そのときすんなり決まったわけではない。会社はその年の3月に創業したばかり、まだ社員の採用すら始めていなかった。当時博士課程2年生ということもあり、福田さんからは、まずは一回落ち着くようにとなだめられ、東京で開かれる慶應義塾大学のオープンリサーチフォーラムを訪ねることを勧められた。会場に行けばメタジェンの関係者もいる。そこで話を聞いてからもう一度よく考えるようにと諭されたのだ。

「僕はやりたいことはとにかくやらないと気が済まない性格で、盛り上がった気持ちで東京に行きました。話を聞いてますます気持ちは高ぶり、東京に向かった足でそのまま鶴岡の福田さんを訪ねました。北海道の住人にとって本州は心理的に遠いし、札幌から鶴岡への直行便もありません。本州に渡ったついでに鶴岡に向かい、僕のスケジュールに合わせて福田さんに時間をつくってもらいました」

その際、「メタジェンの強みに自分が加われば、世界をこんなおもしろい方向に発展させることができる!」と、前のめりに力強くプレゼンしたのだという。その熱意が認められ、伊藤さんは博士課程修了後の2017年4月から、晴れてメタジェンの研究員となった。主にラボワークに取り組み、便に含まれる腸内細菌や代謝物質について調べている。

 

植物からヒトへ――転身の理由

2017年4月、伊藤さんと同じタイミングで入社した森友花(ゆか)さんも、メタジェンとの出会いはドラマチックだ。森さんは、2016年3月に愛媛大学大学院で博士号を取得後、高知大学でポスドク(博士研究員)を一年経験してからメタジェンに加わった。森さんの研究分野は植物病理学、植物を病気にさせる細菌についての研究だ。

森友花さん

「植物が好きで好きでたまらなくて、最初は植物のみが興味の対象でした。次第に、植物がなぜ病気になるのか興味が湧き、植物病原細菌についての研究を始めました。植物と細菌は互いにせめぎあいをしています。なかには、ヒトと腸内細菌のように植物と共生している細菌もいます。そうした植物と細菌との相互作用を調べているうち、細菌そのものの研究もおもしろくなってきました」

森さんとメタジェンとの接点は、メタジェン誕生前にさかのぼる。2014年8月に開かれた細菌学の若手研究者の集まりに森さんが参加すると、そこに福田さんも講演者として来ていた。

「福田さんの話を聞いて、細菌への興味がますます強くなりました。植物と細菌の関係と同じように、ヒトの腸内でも宿主と細菌が相互作用をしている。病気になるのは、両者のバランスが崩れたときというのも同じです。細菌の種類は異なりますが、ヒトと植物に対し、細菌が同じようなことをしている。そのことに興味をかき立てられました」

当時の森さんは博士課程2年、学位を取ったあとのキャリアについて思い悩むところもあったという。「植物に関わる研究は変わらず好きでしたが、そのまま植物病理学の研究者を目指すことに踏ん切りをつけられない自分もいました」と当時を振り返る。

植物病理学の研究成果を生かせるのは、主に農業の現場だ。病気への対策は農家にとって喫緊の課題で、研究が進む間に農家は自分たちでも対策を進める。特に農家が必要とするのは、病気が起きてしまった時の即効性のある対策だ。だが現実問題として、大学における植物病理学の研究成果を、直接、今現在困っている農業の現場にリアルタイムで届けることはそう簡単ではない。

「問題をできるだけリアルタイムに解決できるような研究成果を社会に届けられるようになりたい。しかしこのままの研究スタイルでそれがどこまで実現できるのか、自問自答を続けていました」

その2年後、森さんの進路を決定づける出来事が起こる。ポスドクになっていた森さんは、共同研究先で福田さんと偶然の再会を果たしたのだ。そのころにはメタジェンの事業が動き始めていた。

「“長寿ハピネス”を目指すというビジョンに強く共感しました。メタジェンでなら、ヒトと植物という違いはありますが、細菌学や生物学の知見を活かして研究に携わることができる。さらに、その研究成果をできるだけ早く社会に届けようとしている環境に魅力を感じました」
森さんは日々、便に含まれる腸内細菌たちと向き合っている。

(次の記事へ続く)

※本記事は取材により得た情報を基に構成・執筆されたものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

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