見えざる身体の内側を可視化する、バイオセンサの妙技━━社会を動かすイノベーターたちのプロジェクト Vol.5 株式会社PROVIGATE(中編)

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現在治療を受けている患者数が300万人以上、予備軍までを含めると5人に1人とされる、日本の糖尿病人口。PROVIGATEでは、糖尿病患者が血液ではなく「涙」で血糖値測定を行えるデバイスを開発しています。現在の形に至るまでにどのような課題があり、どう解決してきたのか、その研究技術の面白さについて語っていただきました。

生体分子と半導体デバイスをつなぐもの

東大発ベンチャーのPROVIGATEは、見えざる身体の内側を可視化するバイオセンサを開発中だ。2020年ごろの製品化を目指し、涙に含まれる糖(ブドウ糖、グルコース)の値を測る装置(グルコースセンサ)の開発に取り組んでいる。

同社の最高研究開発責任者・加治佐平(かじさ たいら)さんは、「糖尿病患者の手間や苦痛を軽減することを目指しています」と、その思いを語る。

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「涙に含まれる糖の量は、血糖値と相関関係があります。特に重症患者においては、血糖値をコントロールするため、定期的なインスリン注射が欠かせません。そのタイミングを見極めるには自身の血糖値を計測しなければならず、現在多く普及しているグルコースセンサは採血を伴うタイプです。涙で糖を測ることで、採血の手間や苦痛を軽減できると考えています」

この装置の研究開発は、2012年に始まった。東京大学大学院工学系研究科の坂田利弥(さかた としや)准教授が開発してきた技術が、文部科学省の「大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)」に採択されたのがきっかけだ。加治佐さんは2013年に坂田研究室に加わり、研究開発に携わってきた。
「当初は、汗や唾液、尿による検査も検討していましたが、それらに含まれる成分は、心理状態や外的要因による影響が大きいことが分かりました。涙はそうした影響が少なく、検査対象として適していると判断しました」

20180315_2血液ではなく涙で血糖値を測定するセンシング技術を開発。

坂田研究室では、DNAやタンパク質などの生体分子を、半導体デバイスで検出する技術の研究開発に取り組んでいる。

「半導体デバイスは金属もしくは金属酸化物からなる素材でできていて、そのままでは生体分子を認識することができません。そこで重要になるのが、生体分子とデバイスの間を受け持つ『シグナル変換界面』です。この『界面』は、検出対象の生体分子と化学的に結合するようにつくります。その生体分子が『界面』と化学結合すると、それによる電位変化を半導体デバイスが検出し、生体分子を測定することができます」

8c53226fe7c7df85e6bc7f271cd58e77何を対象(ターゲット)とし、どういうセンサを使っているかを明確にし、どのような界面を入れる必要があるかを考える。

坂田研究室ではこの技術を応用し、DNA配列の高速読み取りや受精卵の品質判定を可能にする技術の開発にも挑んでいる。PROVIGATEが開発しているグルコースセンサも、同じ技術がベースにある。糖を検出する「界面」をいかに設計するか。それが、加治佐さんに託されたミッションだった。

 

涙に含まれる微量の糖を、いかに検出するか

加治佐さんが着目したのは、フェニルボロン酸という物質だ。

「フェニルボロン酸は、グルコースと化学結合する性質があります。両者が結合するとマイナスイオンになり、負の電荷を帯びるため、この物質を『界面』に使うことを考えました。最初は、フェニルボロン酸を含んだゲルを、金の薄膜上に塗る方法を試してみました。負の電荷がゲル越しに金の薄膜まで伝わり、それを半導体デバイスで検出できると考えましたが、いくつかの大きな問題に直面しました」

問題の一つ目は、溶液中に含まれる糖を検出しなければならないことにあった。

「ゲルを塗布した金の薄膜を溶液中に浸すと、ゲルが薄膜から剥がれてしまいました。これでは糖が検出できるかどうか以前の問題です。そのため、ゲルを金の薄膜の上にただ塗るだけではなく、フェニルボロン酸を金の薄膜と化学結合させなければなりませんでした」

もう一つの問題は、ゲルの厚さにあった。

「最初はゲルが厚すぎて、電位の変化を検知することができませんでした。ゲルを薄くし、nm(ナノメートル)単位でゲルの厚みを制御することで、感度を高めていくことができました」

なお、涙に含まれる糖の量は、血液と比べて100分の1程度しかない。低濃度の糖をいかにして検出するかは当初から難題だと思われていたが、感度の問題はこうしてクリアできたかに思えた。だがその先で、新たな課題に直面する。

「フェニルボロン酸は、グルコース以外のマンノースやフルクトースなどの糖とも結合します。ゲルを薄くすることで電位変化の感度は上がりましたが、それらの物質による電位変化も検出してしまっていました。グルコースだけを特異的に検出し、正確性を高めることが、次なる課題として浮上してきました」

 

ナノスケールの制御で、グルコースを捉える

その対策のために採ったのが、ゲルにグルコースだけが収まる形と大きさの孔を開ける「モルキュラー・インプリンティング・ポリマー」という方法だ。その製法は次のとおりである。

あらかじめグルコースと結合させたフェニルボロン酸をゲルの中に含ませ、それを金の薄膜と化学結合させる。その後、化学処理を施してグルコースだけを取り除くと、ゲルにグルコースの形と大きさをした孔ができる。グルコースはその孔に入り込み、フェニルボロン酸と化学結合するというカラクリだ。ゲルの表面では、グルコース以外の糖もフェニルボロン酸と結合する可能性があるが、表面の電位変化はデバイスまで届かないようゲルの厚みを調整しているという。

「いちばん厚いところで100 nm以下です。nm単位でゲルの厚みを制御し、そこに分子の孔を開けることで、グルコースによる電位変化だけを特異的に検出することができるようになってきました」

このように、「界面」の工夫でグルコースを感度よく検出するのは、現在主流のグルコースセンサとはまったく異なる画期的な手法だ。

従来の方法では、センサの核の部分に、グルコースを化学変化させる酵素を使用している。グルコースを含む溶液とその酵素を反応させると、酵素の働きによってグルコースが化学変化し、それに伴い溶液中の化学成分も変化する。その変化を、電気的にもしくは色味の変化を光学的に測定する。

この手法には、かねてより課題が指摘されていた。それは、生体分子である酵素をセンサに使用していることにある。酵素は主に、微生物の生体反応によってつくられており、化学製品と比べると値段も高い。酵素を使わない、「界面」の設計によるPROVIGATEのグルコースセンサは、既存の装置が抱えている課題を解決し、安定かつ安価な装置となる可能性がある。何より、採血を必要としないセンサの感度は、この斬新な手法だからこそ実現の可能性が見えてきたとも言える。

加治佐さんが、この「界面」の技術を手がけるようになったのは、ある意味で必然と言えるのかもしれない。東京大学大学院農学系研究科では、グルコースの重合体であるセルロースや生物学について研究し、博士課程取得後に就職した化学メーカーでは、半導体デバイスと接合する素材の研究開発に取り組んだ。そして、その素材の研究に取り組む過程で、坂田准教授の「界面」の技術と出会うことになった。次回の後編では、加治佐さんの今に至るまでのパーソナルヒストリーを紹介していきたい。

(次の記事へ続く)

※本記事は取材により得た情報を基に構成・執筆されたものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

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