「歴史」の面白さを知ることと、その意義について【相澤理氏歴史入門:第一回】

 歴史は面白い。
 ……それを当たり前と思う人も、もちろんそう感じない人も存在します。しかし、歴史は間違いなく面白く、そして学ぶ意義がある。そう語るのは、予備校講師として多くの東大合格者を輩出してきた、相澤理さんです。
 サイエンスシフトでは、常に未来を切り拓くためのインフォメーションを求めています。そして間違いなく、歴史はそのための重要なパーツであり続けます。歴史がなぜ面白く、かつ学ぶ意義を持つのか、相澤さん流の歴史入門をお楽しみください。

歴史の面白さには2種類ある。

 
 東京大学の日本史の入試問題を解説した拙著『歴史が面白くなる東大のディープな日本史』(KADOKAWA)は、おかげさまで多くの読者を得ることができました。高齢の方から小学生までさまざまな声が届けられましたが、中でも印象に残っているのが、理系の友人に面と向かって言われた次のような感想です。
 「東大の問題は織田信長とか坂本龍馬とか歴史上の人物がほとんど出てこないんだな。それなのに面白いのが不思議な感覚だった。」

 畑の違う人からの率直な感想はありがたいものです。言われてみれば、たしかに東大の日本史の入試問題(以下「東大日本史」と略します)は、誰が何をしたかというようなことを問うことはありません。

 たとえば、今年度(2021年度)の第1問は次のような設問でした。

 

設問

 9世紀後半になると、奈良時代以来くり返された皇位継承をめぐるクーデターや争いは見られなくなり、安定した体制になった。その背景にはどのような変化があったか。5行(筆者注・150字)以内で述べなさい。

 
 友人の言葉を聞いて改めて気づいたのは、歴史の面白さには2種類ある、ということです。

 1つめは、〈人〉が動く面白さです。現在放送されているNHK大河ドラマ「青天を衝け」で余すところなく描かれているように、渋沢栄一が徳川慶喜・伊藤博文などさまざまな人物と関わりながら、新しい時代を切り開いていくさまは見る者を惹きつけます。歴史上の人物として戦国の武将や幕末の志士に人気があるのも、〈人〉が躍動するところにあるのでしょう。

 しかし、それだけが歴史の面白さではありません。東大日本史は、いま紹介した問題のように、〈なぜ〉を問うてきます。奈良時代(8世紀)には血なまぐさい政争の火種ともなった皇位継承が、平安時代の9世紀後半に入り安定したのはなぜか? その「背景」にある「変化」を問うているのです。

 しかも、東大日本史では問いに答える材料として資料文が与えられます。本問でも、平安前期の嵯峨天皇や清和天皇に関する文章が用意されていました。歴史の〈なぜ〉を謎解きしていく面白さ、それこそが東大日本史の醍醐味です。そして、それを少しでも伝えられたからこそ、拙著は多くの読者に受け入れられたのでしょう。

 〈人〉と〈なぜ〉、歴史の面白さはこの2つに集約されます。

 

歴史の〈なぜ〉を掘り下げると、この国の〈しくみ〉が見えてくる

 
 私は東大日本史が問う〈なぜ〉に魅入られた一人ですが、その〈なぜ〉もたんに出題される東大の先生方の個人的な趣味によるのではなく、現代に通じる問いを立ててくるところが東大日本史の奥深さです。

 先に挙げた問題は、現代の皇室が抱えた課題でもある安定的な皇位継承に払われた、先人の並々ならない努力と営為を示しています。

 私たち現代人の感覚からすると、皇位は父から子(嫡男)に継がれるのが当たり前のように思えますが、初めて父子継承を目指したのは7世紀後半の天武天皇です。しかし、8世紀の奈良時代に確立することはなく、皇位継承をめぐって貴族を巻き込んだ争いが生じたり、嫡子が幼少の時には女性天皇が立てられたりしました。それでも、8世紀後半には天武系の皇統は途絶え、天智系の皇統に移行しました。

 皇位継承が安定するのは、設問にもあったとおり平安時代に入った9世紀後半のことです。それは、藤原北家による摂関政治の開始とも関係します。藤原北家が天皇家の外戚の立場から摂政・関白として政治の実権を握る、というのが摂関政治の形態ですが、これにより、皇太子が幼少の段階で皇位を譲ることが可能となりました。皇位継承を安定させたい天皇家と、政治の実権を握り続けたい藤原北家の思惑が一致して成立したのが摂関政治である、とも言えるでしょう。

 なお、平安後期には院政という新しい政治体制が生み出されます。上皇が天皇の父方の立場から政治を行う。それは、外戚に頼る摂関政治よりも安定的な皇位継承のシステムです。実際、幾多の困難はありましたが、院政は江戸時代の終わりまで続きました。

 東大日本史の問題に戻りましょう。先の問題で問われていた「背景」にある「変化」とは、天皇家と藤原北家との関係の強化です。皇位継承が安定したのは〈なぜ〉かという問いから、摂関政治の〈しくみ〉が見えてきました。そして、院政をふくめ皇位継承にかかわる〈しくみ〉は、これから皇位継承のあり方を考えるうえでヒントとなります。

 歴史の〈なぜ〉を問うことは、この国の〈しくみ〉を明らかにし、未来への指針を与えてくれるのです。

 

〈流れ〉よりも〈しくみ〉

 
 ところで、筆者はよく言われる「歴史の〈流れ〉をつかみなさい」という言葉を、授業でも文章でも用いません。というよりも、歴史に〈流れ〉というものがあるかどうかを疑っています。仮に、歴史がおのずから〈流れる〉ものだとしたら、果たして学ぶ必要がるでしょうか。

 その時代を生きている当事者にとっては、〈流れ〉に身を任せているだけだとしても、後世から見れば、そこにはさまざまな史実が織りなす必然が見出されます。その必然こそが、同様に〈流れ〉に身を任せて生きている私たち現代人が、歴史から学ぶべきものでしょう。

 そうした歴史的な必然を表わす言葉として筆者が好んで用いているのが、先ほどからたびたび出てくる〈しくみ〉です。格好つけて言えば「メカニズム」「構造」といった言葉になるのでしょうが、地に足をついた〈しくみ〉という言葉が筆者にはしっくりときます。

 摂関政治にしろ院政にしろ、〈しくみ〉は偶然生まれるのではなく、さまざまな史実が積み重なった必然として形作られます。そして、そうしたものだからこそ、〈しくみ〉は現代の社会にも通じるのです。

 さらに言えば、〈人〉と〈しくみ〉が重なり合うところにこそ、歴史の本当の面白さがあります。先に引いた「青天を衝け」で言えば、幕末から明治へ国の〈しくみ〉が大きく変わろうとしていた時代に、渋沢栄一がいかに生きたか、興味は尽きないですし、歴史の学びも深まるでしょう。〈人〉と〈しくみ〉をいかに結びつけるかということは、私の授業における課題でもあります。

 そこで最後に、〈人〉と〈しくみ〉をつなぐ、最良の入門書を紹介したいと思います。塚原哲也『大学入試マンガで日本史が面白いほどわかる本』(KADOKAWA)です。

 本書は、各時代を象徴する人物として33人を選び、マンガで生い立ちや事績を描いたうえで、文章で時代背景を解説する、という構成になっています。たとえば、古代後期では、藤原道長が取り上げられ、4人に娘を入内させた喜びを「この世をば~」にはじまる歌に込めたエピソードがマンガで紹介され、その後で摂関政治のしくみや藤原北家が実権を握るにいたる経緯が文章で丁寧に説明されています(先の東大日本史の問題を解くための鍵も隠されています)。マンガから文章へ、〈人〉と〈しくみ〉がスムーズに結びつけられているのです。

 また、本書では、戦国時代に活躍した後期倭寇(中国人海賊)の王直、明治時代に「鹿鳴館の貴婦人」と呼ばれ、女子教育や慈善事業に努めた大山捨松(山川捨松)など、教科書では詳しく書かれていないものの魅力的な人物がマンガで描かれています。こうした人々によってこの国が築かれてきたことを実感できるはずです。

 今回は、歴史を学ぶ面白さについてお話しました。次回は、それでは歴史を学ぶことにどのような意味があるのかについて述べたいと思います。

後編はこちらから→歴史から何を学ぶのか【相澤理氏歴史入門:第二回】

 

【書籍紹介】

歴史が面白くなる東大のディープな日本史

著:相澤理(KADOKAWA)

東大日本史入試問題を題材として、日本史の出来事や制度の、あまり知られていない「側面」を考えることができる一冊。タイトル通り『ディープ』な歴史の世界に引きずり込まれます。東大の入試問題で、あなたの知っている「歴史」を見直してみてはいかがでしょうか。

 
 
 
※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

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