「抗体医薬」とは?意味と用語を知る|佐藤健太郎さんが解説する製薬キーワード

医薬品業界を目指す学生のみなさん(特に薬学部以外の方)にとって、この世界特有の用語の難しさは大きな壁であると思います。サイエンスライターであり、かつて製薬研究者でもあった佐藤健太郎さんに解説していただくこのシリーズ。第4弾は、抗体医薬に関するキーワードについてです。

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抗体医薬とは

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近年の医薬業界において、抗体医薬と呼ばれる一群の医薬が、大きな比重を占めるようになりました。たとえば、2021年世界医薬品売上ランキング1位のヒュミラ(リウマチ等治療薬)、3位のキイトルーダ(抗がん剤)、4位のステラーラ(乾癬等治療薬)は、いずれも抗体医薬です。新型コロナウイルス感染症の治療薬としても、複数の抗体医薬が開発され、臨床の現場で活躍しました。

我々の身近にある医薬の多くは、作用の本体となる低分子化合物を、錠剤やカプセルなどの形状に成形したものです。しかし抗体医薬はこれと大きく異なり、薬理作用の本体を担うのは、人間の免疫作用を担うタンパク質の一種である「抗体」です。通常、抗体は体内に侵入してきた病原体などの異物(抗原)に合わせて作り出され、抗原に結合してその活動を抑える働きを持ちます。

抗体は病原体などだけではなく、設計次第で体内の各種タンパク質に結合するようなものも作り出せます。抗体医薬は、これを医薬として用いるものです。たとえば、がん細胞の増殖に関わるタンパク質に結合してその作用を抑える抗体を投与すれば、抗がん剤として働くことになります。

抗体の構造

抗体はイムノグロブリンと呼ばれるタンパク質の一種であり、Y字型の構造を持ちます。このY字型は、2本ずつの長いペプチド鎖と短いペプチド鎖から構成されており、これらの鎖をそれぞれ「重鎖」「軽鎖」と呼びます。また、この上半分のV字型の部分を「Fab領域」、下半分の縦棒にあたるところを「Fc領域」と呼んでいます。また、Fab領域の先端に近い部分は、多様な抗原に対応できるよう、様々なアミノ酸配列に変化します。この領域は「可変領域」(下図オレンジ色部分)と呼ばれます。

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モノクローナル抗体

抗原となるタンパク質を動物の体内に注入すると、幾種類もの抗体ができてきます。タンパク質は巨大な分子であるため、タンパク質表面のあちこちを認識した複数の抗体が形成されるためです。こうした混ざり物の抗体(ポリクローナル抗体)は医薬品としては使いにくく、最も有効な一種類の抗体だけを純粋に作る技術が求められます。

これを実現したのがミルシュタインとケーラーで、1975年のことでした。彼らは、抗体産生細胞と骨髄腫細胞を融合させ、必要な抗体を作る細胞のみを選んで増殖させることで、単一の抗体を大量に作成することに成功したのです。これをモノクローナル抗体と呼び、抗体医薬技術の重要な基礎となりました。

抗体医薬

このようにして得られた抗体を投与し、疾患の治療に役立てるのが「抗体医薬」と呼ばれるものです。前述のように、抗体はタンパク質の一種なので、口から飲み込むと胃腸で消化されてしまいます。このため、抗体医薬は注射あるいは点滴の形で投与されます。

抗体医薬が主にターゲットとする疾患は、がん、自己免疫疾患(リウマチ、多発性硬化症など)、そして一部の感染症などです。旧来の医薬(低分子医薬)は、その本体が分子量500程度の小さな分子であるため、細胞膜を透過して細胞内の各種タンパク質に結合してその作用を表します。しかし巨大分子である抗体は、細胞内に自由に入っていくことはできず、細胞外や細胞表面にあるタンパク質が主な標的になります。

たとえば、がん細胞は増殖のスイッチとなるタンパク質を細胞表面に持っています。このため、これをブロックする抗体を作成して投与すれば、がん細胞の分裂増殖を防ぐことができます。また、ある種の抗体医薬ががん細胞の表面に取り付くと、これを目印としてマクロファージなどの免疫細胞が近づき、がん細胞を「食べて」しまうような作用のものもあります(抗体依存性細胞傷害またはADCC)。このように、抗体医薬の活躍の場はある程度限られますが、特異性(狙った標的に間違いなく結合する能力)が高いため、副作用の少ない強力な医薬になりえます。

抗体の修飾

体内動態や薬効改善のため、もとの抗体に手を加えて医薬とするケースがあります。

アミノ酸配列改変

標的タンパク質への結合力を高めるため、アミノ酸の配列を改変して最適化を行うことがあります。また、一つの抗体が二つの抗原に同時に結合できるよう、配列を設計し直したものもあり、「バイスペシフィック抗体」または「二重特異性抗体」と呼ばれます。

糖鎖改変

免疫細胞によって生産される抗体には糖鎖が結合しており、作用に重要な役目を果たしています。この糖鎖の構造を改変することで、抗体医薬の作用を高められるケースが知られています。たとえば、抗体の糖鎖の一部を切除することで、前述したADCC活性を高められることがわかっています。

PEG化

抗体にポリエチレングリコール(PEG)鎖を結合させることで、体内の消化酵素による分解を防ぎ、血中での寿命を延ばす手法も用いられています。また、免疫原性(後述)が低減するケースもあるため、PEG化はよく用いられます。

低分子抗体

抗体は分子量約15万の大きなタンパク質ですが、作用に必要な一部だけを切り出した形のタンパク質を作り、これを医薬として用いるケースもあります。こうした形の抗体を「低分子抗体」と呼び、通常の抗体に比べて高い組織浸透性が期待されます。ただし「低分子」とはいっても、その分子量は数万に達するため、いわゆる低分子医薬に比べればずっと巨大です。

免疫原性

抗体もタンパク質の一種ですので、人工的な抗体を注入するとこれが異物とみなされ、免疫反応が起こることがあります。これを免疫原性といいます。抗体医薬研究の初期には、ヒトのタンパク質をマウスに注入して得られたマウス抗体を用いていました。マウス抗体はヒトの抗体とアミノ酸配列が異なるために免疫原性が高く、アレルギー反応などの原因となっていました。やがて、一部をヒトの抗体配列に置き換えたキメラ抗体、大部分をヒトの抗体の配列に置き換えたヒト化抗体、さらに完全にヒトの抗体のアミノ酸配列を持ったヒト抗体が製造できるようになり、現在ではほとんど、ヒト抗体が用いられるようになっています。

ミサイル療法

抗体は、それ自身で疾患の治療を行うばかりではありません。標的となるタンパク質に特異的に結合する能力を生かし、医薬化合物を患部へ送り届けるためにも用いられます。こうした手法をミサイル療法と呼んでいます。

抗体薬物複合体

抗体と低分子医薬化合物を共有結合で結びつけたものを、抗体薬物複合体(Antibody Drug Conjugate, ADC)と呼びます。薬理活性の本体となる低分子医薬を、抗体に載せて標的タンパク質へ送り届けるための手法です。本体となる低分子を、ペイロード(積載物)と呼ぶことがあります。

特に抗がん剤などでは、がん細胞だけでなく健康な細胞にも作用し、ダメージを与えてしまうことが多くあります。がん細胞特有のタンパク質を標的に、ADCの技術で抗がん剤を送り込めば、がん組織だけを狙い撃ちすることが(原理的には)可能になります。

RI標識抗体

放射線を用いるがん治療は、広く行われています。ただし、これも周辺の正常細胞に影響を与えてしまうため、利用には制約が伴います。そこで、放射性同位体(RI)を抗体に結びつけて、がん細胞に送り込む手段も開発されています。こうした抗体を、RI標識抗体と呼びます。

バイオシミラー

低分子医薬では、化合物の特許期間が過ぎて満了となった後は、他社が自由に同じ化合物を製造できるようになります。これがいわゆるジェネリック医薬品です。ジェネリック医薬品は、新薬が承認前に行う治験や販売期間中の情報収集により、使用成績・副作用など化合物の情報が把握されていることから本格的な臨床試験の必要がありません。代わりに、体内を模した環境での溶出レベルや投与後の血中動態など、製剤としての試験・生物学的に新薬と同等であることを認める試験などを行うことが義務付けられています。臨床試験には多くの費用がかかることから、その必要がない分、研究開発費が低く抑えられます。

抗体医薬でもこれと同じように、特許満了後は他社が同成分の医薬を販売できます。これをバイオシミラー(またはバイオ後続品)と呼びます。ただし、抗体医薬は低分子医薬に比べて構造がずっと複雑であるため、全く同一の成分であることを示すのは困難です。このためバイオシミラーの開発においては、新薬に準ずる様々な試験(品質試験、薬理試験、毒性試験、臨床試験など)が必要とされます。こうした試験の結果、先発品と比較して品質、効き目や安全性が同等であると判断されたものだけが、販売を許されることになります。

以上のように、抗体医薬はその性質も用途も、旧来の医薬とは大きく異なります。そしてこの20年ほどの間にその技術は大きく進展し、利用範囲も広がりつつあります。たとえば、現在は他分野を専門としている研究者でも、将来抗体医薬に関わる研究に移るような可能性は十分にあるでしょう。一通りのことを予め知っておくことは、決して無駄にならないことと思います。

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