歴史社会学者・小熊英二さんと考える、未来の働き方と生き方(後編)

「大変だといわれるこの先の時代を、どう見据えればいいのか」。そんなテーマのもと、歴史社会学者・小熊英二さんに、お話を聞きました。小熊さんは長年、膨大な資料をもとに社会の構造や意識の変遷を読み解く研究に携わってきました。

後編では、「この先どう働き、どのように生きればいいか」というお話を紹介します。小熊さんは言います。「自分の専門分野以外は何もできないというのでは、難しくなってきます。だからこそ『世の中のことを理解すること』がとても重要になります。」

前編はこちらから【歴史社会学者・小熊英二さんと考える、未来の働き方と生き方(前編)】

雇用や年功賃金は“質”が大きく落ちる

 
──前編では、大企業も今後は大変になるのではないかというお話が出ましたが、今後日本の労働者の働き方はどうなっていくのでしょう。そして、それに対してどうふるまっていけばいいのでしょう。

大変になるとはいえ、日本の大企業は、この先も雇用そのものや年功賃金に関しては、なんとか維持していくのではないでしょうか。それをやめてしまうと、雇われる側にとっては大企業のメリットがない。転勤はある、人事異動はある、だけど雇用の安定はないし年功賃金もないでは、いま会社にいる人のモラルが著しく低下するうえ、新たに人が集まらなくなる。それなら、雇用の安定はないし年功賃金もないけれども、転勤や人事異動のない中小企業のほうがましという人が出てくるでしょう。

ただし雇用は維持されても、会社として余裕がなくなってくるので、社内での業種転換が今以上に多くなる可能性があります。技術職であってもよほどのスペシャリストでない限り、君はもう開発はいいから営業や事務をやってくれ、あるいは外国に行ってくれといったことは、70年代からありましたけれども、さらに頻繁に起こってくるのではないでしょうか。

また、年功賃金の“質”も落ちていくでしょう。現在すでに年功賃金の上昇カーブが以前よりだいぶ緩くなっていて、40代・50代での伸びが減っています。この先はそれが一層進み、35歳くらいまでは賃金は増えるけど、以降は増えてもわずかという形になるかもしれません。

では、中小企業やベンチャーの場合はどうでしょうか。中小企業は、特にIT系で顕著ですが、大手などの外注先として下請け業務をする会社が多いです。なので景気の変動に弱いわけです。大手が雇用を維持するといっても、それは自社の正社員の雇用であって、景気が悪くなれば非正規雇用や外注を切ることで帳尻を合わせます。実際、リーマンショックの時には、コスト削減の対象として、真っ先に外注を切られた中小企業が多くありました。

なので中小企業の場合は、景気の動向によって左右されやすくなる。場合によっては人員整理の対象になる可能性もあるし、会社そのものがつぶれる場合もある。もともと中小企業は、雇用の流動性が高い。景気に左右されやすく、また長くいても賃金があまり増えていかないので、人材が中小企業間で頻繁に動いていくのです。また大企業のように閑職に回すほどのたくさんの部門がないので、専門職はよほどのスペシャリストでない限り、やはり35歳くらいを過ぎたら管理職になるか、あるいは肩を叩かれるかという選択肢になっていくと思います。

 

“これさえあれば幸せ”という生き方もある

では外国の企業はどうか。この道を考えたいなら博士号は必須でしょう。経営とか管理とかの職なら、ネイティブと競争できるくらいの語学力が要りますから、けっこうハードルは高い。技術職なら数式とテクニカルタームで済むかもしれない分、語学力はいくらかハードルは下がるでしょうが、博士号はやはり必須です。

しかし私は、これは少数の人にしかお勧めできません。ただし必ずしも、天才でなくてもいい。私ももとは理科系ですが、実験が大好きで、毎日10時間・365日ずっと実験し続けていれば幸せというような人がいました。そういう、“生粋の職人型”の人でもいいと思います。

ノーベル賞をとるような人にも、幼い頃から神童と言われるような人もいますが、かたや高校でやった理科の実験が面白くてハマって以来、大人になってもずっと研究室で実験し続けた結果、大きな研究を成し遂げたというような“肉体労働系”の人もいます。

ミュージシャンでも同じようなことがいえます。私が読んだインタビューですが、「ミュージシャンは目指してなるようなものではない。本当に好きで毎日十何時間と弾き続けてもまったく飽きないのであれば、なったらいい。君はそれしかできないのだから」と言っていたギタリストがいました。それは正論だと思います。

これをお読みになる方で、自分は本当にそのタイプだと思うのであれば、日本より技術職が活躍できる土壌のあるアメリカの大学院を目指すというのもいいでしょう。また本当に海外で中長期的にやっていこうと思うなら、在学中から英語のジャーナルに論文を寄稿することをおすすめします。やはり他の国は客観評価の世界なので、きちんと形に残しておけば、何かの時にメーカーに誘われることもあるかもしれません。

また、もし本当に実験とか機械いじりさえやっていれば幸せなのであれば、日本のメーカーの技術職に就く手もあります。たとえ40歳を過ぎて、開発の仕事から外されても、会社の片隅でコイルを巻く仕事でも幸せならいい。あるいは会社で雇ってもらえなくなったら、やりたいことができる中小やベンチャーに移ってやり続ける。それで幸せな人は、それでいいと思うのです。もちろん運良く、かえのきかない超スペシャリストとして、特別な存在になれることもあるかもしれません。

ただ、自分はそういうタイプだというのをいいわけにして他のことを一切やらないというのは、あまりよろしくありません。本当にそのタイプであればいいですが、もしそうではなさそうなのであれば、やっぱりいろいろなことを勉強し、基本的なことをできるようになった方がいいですね。

ジェネラリストの素養を高めることが武器に

技術職の人が今後の日本の企業でやっていきたいのであれば、専門分野だけでなく幅広い職種に就ける素養を身につけることが、一つの選択肢となるでしょう。特定の分野しかわからないという人は、日本の慣行では“雇われスペシャリスト”以上のものにはなれません。雇われスペシャリストだと、よほど高い技能を持たない限り、40歳以上になったら苦しいと思います。40歳以上で、営業も事務も管理職もできないとなれば、「あなたのいる場所はないです」ということになりやすいのではないでしょうか。

そうならないためには、どうするか。私の意見としては、まずは普通にコミュニケーションできることや人に配慮できることが基本中の基本になりますが、「世の中のことをよく理解すること」が重要になります。

具体的な一つの方法は、新聞を読むことです。日本の大手の新聞は、つまらないと思うかもしれませんが、間違ったことは書いていません。私の見解としては、40年前は決してそうではありませんでしたが、現在は基本的に間違いのないことしか書いてありません。そして情報として非常に網羅的で、それが素人にもわかるよう配慮して書かれています。

ただ、そこに書かれていることをインプリケーション(含意、文脈)まで理解するには、かなりの知識レベルが必要です。もちろん私も全分野のことはわかりません。新聞に載っている政党の内紛や、経済界の事情、各産業の動向、文化や映画などの情報がインプリケーションまですべて含めてわかるという人は、おそらく世界で一人もいないでしょう。しかし各分野の専門記者が、それらを短くわかりやすい文章で書いてくれているので、しっかり読めば得るものは大きいと思います。

あとは、いいものを読むこと。古典を読んだほうがいいと思います。現代のビジネス書より、アダム・スミスやプラトンを読んだ方がためになります。

とはいえ古典は、ガイダンスがないと読むのが大変です。そのための助けになるのが、大学の専門外の講義です。大学生であれば、理科系であっても、哲学や経済学や政治学の講義を聞いて、教科書もしっかり読んでおくことがいいです。たいていは大学1~2年で必要なことをある程度教えてくれるカリキュラムになっているので、そこで基本的なことを理解しておくことが大切です。高校の教科書にも、役に立つことがたくさん書いてあります。

いわゆるリベラルアーツというもの、つまり人間力を養うための基礎学問とされる文法学・修辞学・論理学・算術・幾何・天文学・音楽の7つの教養は、どんな分野に進んでも大きな助けになる。新聞を読み、大学で基礎教養を勉強するというと、まっとうすぎる話にはなりますが、今後もそこが重要になると思う。

健康、お金、人間関係で一番大切なのは?

 
──基礎的な教養以外に、何か身につけておくといいものはありますか?

料理は絶対に作れた方がいいですね。周りを見渡すと、私の同世代でも、会社が合併になったとか、支店がなくなったとか、あるいは出向した子会社ごと切り離された、業績不振で人員整理された、会社がつぶれた、うつ病になったなどの理由で、同じ仕事環境のままではいられなかった人が多いです。これまでだってそうだったのですから、今後はそうしたことがまったく起きない人の方が珍しくなるでしょう。むしろ、ほぼ必ずそうしたことが一つや二つは起きると思っておいたほうがいいと思います。

そうなったときに、人として生きる基本的な能力が非常に大切になります。またそうしたときこそ、家族が頼りになったりする。そこで料理ができれば、自分が稼げないときでも家族に貢献でき、最低限の人間関係を維持することにもつながる。もちろん食費も大きく抑えられるし、自分で料理できる人は健康を害しにくい。結婚しない場合や一人暮らしをする場合はなおさら、料理が重要になります。だから、家庭科の授業は絶対にまじめにやるべきなのです(笑)。

 

それと、「人間は健康であれば、たぶん幸せに生きていける」というのは、覚えておいたらいいと思います。

私が学生によく言うことは、“お金”と“人間関係”と“健康”のどれにプライオリティを置くかという話です。もし健康があってお金があれば、人間関係がなくてもなんとかやっていけます。健康があって人間関係があれば、お金がなくてもなんとかやっていけます。でも人間関係とお金があっても、健康がなければ全てだめになってしまうことが多い。たいがい健康が崩れると、人間関係も崩れ、お金もなくなります。いろいろな例を見ても、健康を崩すのがいちばん困った状況になることが多いなと思うのです。

だから、まずは健康があり、あとは最低限の人間関係と最低限のお金があれば、たいがいなんとかなります。それ以上のことは、恵まれたら恵まれてくださいとしか言えません。あまり欲はかかなくてもいいのではないですかね。

それともう一つ付け足すとすれば、ただで暇をつぶせる方法を見つけておくことです。これもいろいろな事例を見るに、たいてい寂しくなると暇をつぶせなくなる。そこで極端なやり方をして、バランスを逸することで破綻するケースが少なくありません。あくまで一例ですが、図書館にずっといられるとか、音楽をいくらでも聴いていられるとか、そういったただで暇をつぶせる方法を、何か一つ見つけておくといいと思います。

大変といわれ、大きな変化も起こりうるこの先の未来には、基礎教養、料理、健康、お金に頼らない体質といった、人としての「ベースの力」を高めることで備える。奇をてらうのではなく、そうした地に足のついた生き方こそが、今後の不安を解消する一つの大きな方法になると感じました。皆様も自身のこととして、考えてみてはいかがでしょうか。

※本記事は取材により得た情報を基に構成・執筆されたものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

 

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