コロナ治療薬・ワクチン開発は今どうなっているのか?製薬業界・政府の動向まとめ 薬事日報社緊急寄稿

新型コロナウイルスが猛威をふるった初期の段階では、その治療薬に注目が集まりました。さらにその後は、世界の平常化に向けて、ワクチン開発が重大な課題になっています。今回の記事では、その両方について、製薬業界や政府がどう動いているのか、2020年9月17日時点の状況をお伝えします。

「ドラッグリポジショニング」とは何か? なぜ必要なのか?

新型コロナウイルス感染症が世界中で猛威を振るっている。感染症の世界的流行(パンデミック)が訪れるたびに、世界の叡智を結集させて効果的な治療法を開発し、危機を乗り越えてきた。コロナ危機に対応した有効な薬、予防できるワクチンがないことが大きな問題となり、製薬企業の新型コロナウイルス感染症治療薬開発でもいまだ試行錯誤が続いている。

新型コロナウイルスに治療効果がある薬をまっさらな状態から研究して見つけ出すには、膨大な時間と資金がかかる。新型コロナウイルスに効き目のある化合物を設計し、動物実験、健康な人を対象に安全性を確かめる初期段階の臨床試験、感染患者を対象に有効性・安全性を検証する最終段階の臨床試験を経て、医薬品として認められる。

一刻も早く医療現場に届けていかなければならない緊急事態では、通常の研究開発手法は現実的ではない。そこで、製薬企業と国・大学の研究機関などが協力し、既に医療現場で使われている既存薬の中から新型コロナウイルスに有効な薬を探索する“ドラッグリポジショニング”という手法が用いられるようになった。

ドラッグリポジショニングで見つかった医薬品候補は、医薬品として患者に投与された実績からどのような副作用が引き起こされるかある程度は明らかになっている。細胞レベルで新型コロナウイルスへの効果が期待できる結果が見いだせれば、動物実験を省略して、すぐにヒトを対象とした臨床試験を始めることができる。開発コストの削減、開発期間の短縮につながるため、最短ルートでの医薬品開発も可能になる。

 

治療薬「レムデシビル」「デキサメタゾン」そして「アビガン」

様々な医薬品が新型コロナウイルス感染症治療薬候補として挙げられる中、米国の製薬企業「ギリアド・サイエンシズ」が開発した抗ウイルス薬「レムデシビル」が治療薬第1号となった。もともとはエボラ出血熱を対象に開発を進めていた薬だったが、臨床試験で目的としていた治療効果を満たせずに開発を中断していた。2月に新型コロナウイルス感染症を対象とした臨床試験を開始し、4月下旬の中間解析では標準治療薬との併用で重症入院患者への効果を示すことが判明。レムデシビルを臨床現場で用いていく機運が高まった。

開発医薬品を承認審査する米国食品医薬品局(FDA)は5月1日に新型コロナウイルス感染症の治療を一時的に認める「緊急使用許可」をレムデシビルに付与した。日本政府は医薬品医療機器等法の政令を改正し、通常よりも早期に承認できる「特例承認」の適用対象に新型コロナウイルス感染症を効能・効果に加え、7日にはレムデシビルを世界初承認した。通常ならば企業が薬事申請したデータを十分に審査するが、異例の対応となった。

日米両国でレムデシビルの扱いは異なり、米国はレムデシビルの投与を一時的に認めても、正式な承認は見送った。対照的に日本では、海外で実施した臨床試験で日本人での投与実績は乏しいものの、「ベクルリー」の製品名で薬事承認し、保険診療を認めた。販売後に十分な有効性・安全性情報を集積することを承認条件とした。

7月には国内2番手としてステロイド系抗炎症薬のデキサメタゾンが新型コロナ治療薬として認められた。「新型コロナウイルス感染症診療の手引き」が改訂され、正式に記載されたもので、英国のランダム化比較試験で投与患者群の致死率低下が確認されたことなどが根拠とされた。レムデシビルとは異なり、50年以上の長い使用経験の蓄積がある古い薬で薬価も安い。

治療薬候補として期待された抗インフルエンザ薬「アビガン」は、安倍晋三前首相が有効性の検証を条件に早期承認を目指す意向を示していた。富士フイルム富山化学により臨床試験や実用化に向けた増産体制が進められてきたものの、当初目標にしていた5月中の承認は断念。現在進行中の臨床試験結果を待ってから承認の判断が行われる予定だ。

 

「血漿療法」など、話題になった治療薬のほかにも多くの可能性を模索

そのほか、ドラッグリポジショニングによる開発が進行しているのは、蛋白分解酵素阻害剤「ナファモスタット」、抗IL-6受容体抗体「トシリズマブ」、TLR4アンタゴニスト「エリトラン」、セリンプロテアーゼ阻害剤「カモスタット」などがある。

このうち中外製薬のトシリズマブについては、年内に承認申請予定としており、エーザイのエリトランも年内に治験結果が判明する見通し。小野薬品のカモスタットも臨床試験の結果が今秋までにまとまる予定となっている。

新型コロナウイルスから回復した患者の血漿を用いて治療する血漿療法も注目だ。米国では緊急使用が許可された。新型コロナウイルス感染症から回復した患者の血漿には、新型コロナウイルスに対する抗体が含まれており、患者に投与すると免疫系の活性を高め、回復につながる可能性がある。武田薬品は高度免疫グロブリン製剤「TAK-888」は年内に申請予定としている。

新型コロナウイルスの収束後も第2波、第3波の流行が想定され、緊急対応的なドラッグリポジショニングから先を見据えた新薬開発へと移行する動きも出てきている。将来発生する可能性のある変異型コロナウイルス、過去に流行したSARSやMERSを含めたコロナウイルスに対しても効果のある汎用性の高い治療薬開発を進める企業も登場している。

 

世界の巨大製薬企業がしのぎを削るワクチン開発

感染拡大を封じ込める予防ワクチンをめぐる開発競争では、治療薬開発以上に世界のメガファーマがしのぎを削っている。100種類以上のワクチンが開発段階にある。

米ファイザーと独ビオンテックは早ければ10月までに海外での承認申請を目指している。米モデルナも最終段階の治験を開始した。製薬大手2社の連合体である仏サノフィと英グラクソ・スミスクラインは、世界で共同開発を進め、来年下半期までの実用化を目指す。米ジョンソン・エンド・ジョンソン、英アストラゼネカもそれぞれ世界各国での実用化を目指し、国内での治験を開始した。米メルクは今年後半に治験を開始する。うまくいけば来年初めには承認されたワクチンが登場するかも知れない。

 

ワクチンの確保をめぐる日本政府の動き

日本政府は来年前半までに国民全員がワクチン接種できる供給量を確保する方針を打ち出し、海外製薬企業とは供給契約に向けた交渉を進めている。既にファイザー、アストラゼネカとはそれぞれ1億2000万回分の接種量を供給する契約で基本合意しているほか、モデルナとは武田薬品の流通販売のもと、来年年明けから4000万回分の供給が受けられるよう交渉を進めている。

これら3社と最終契約にこぎ着けることができれば、2億8000回分のワクチン接種量を確保することになり、人数で換算すると国内人口を超える1億4000万人分をカバーできる見込み。来年前半までに確保できる量はファイザーから6000万人分、アストラゼネカから1500万人分、モデルナから2000万人分となっている。

海外製ワクチンの薬事承認に向けてはレムデシビルと同様、海外の臨床試験データを活用する方向で、特例承認も視野に入れている。海外の輸入ワクチン使用で健康被害が起きた場合に、海外メーカーの損害を国が肩代わりする損失補償についても、接種の開始前までに法的措置を講ずる方針だ。加藤勝信厚生労働相も「今後も安定供給を確保するため、ワクチン開発を進める海外メーカーとの交渉を行う」と表明している。

 

国内製薬メーカーもワクチン開発に追随

巨大なワクチンメーカーがなく、欧米企業とは生産体制で圧倒的な差をつけられた国内製薬企業も追随している。塩野義製薬は国内バイオベンチャーのUMNファーマを買収してワクチン事業に参入。年内にも治験を開始し、生産体制についても来年末に3000万人分を製造できるよう基盤強化を図っている。第一三共は東京大学医科学研究所と連携し、来年3月に遺伝子(メッセンジャーRNA)ワクチンの治験を開始する予定。

KMバイオロジクスは国立感染症研究所、東大医科研、医薬基盤・健康・栄養研究所と年内にも不活化ワクチンの治験を実施する。武田薬品は海外ベンチャーとの連携を通じて開発に着手し、光工場での生産体制の整備を進める。大阪大学発ベンチャーのアンジェスは日本企業で初めてDNAワクチンの臨床試験を始めた。

新型コロナウイルス感染症の流行は、製薬業界に感染症治療薬・ワクチンの開発基盤を強化する必要性を知らしめた。感染症領域の医薬品・ワクチン開発は投資回収の難しさもあり多くの企業が事業から撤退している。

 

「日本版CDC」などアフターコロナ・ウィズコロナを見据えた動き

重要となるのは平時からの十分な備えだ。製薬企業で構成された業界団体「日本製薬工業協会」は、新型コロナウイルス感染症治療薬・ワクチンの創製に向けた提言書を公表した。米国疾病予防管理センター(CDC)の感染症に特化した“日本版CDC”のように司令塔機能を設け、長期的な予算措置の権限を付与し、研究開発基盤の整備から生産、供給までの戦略立案・実施を担うという構想だ。開発に成功した企業が投資に見合った利益を確保できるよう、薬価の見直しや薬剤の使用量ではなく定額料金で支払う新たな制度を要望。企業やアカデミアの開発意欲を高める仕組みづくりが今後の課題と言えそうだ。

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