ユーザーの求めるモノをいかに設計するか━━社会を動かすイノベーターたちのプロジェクト Vol.2 WHILL株式会社(中編)

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大企業のキャリアを経てWHILLに参画した日野原さん。学生時代のインターンを経て働き始め、社員となった上月さん。キャリアは違うが、共通するのは入社直後から自身のバックグラウンドを生かし、即戦力として任務に取り組んできたこと。新モデル設計をおこなう上で、2人はどのように課題と向き合ったのか。

上月さんが担当することになったのは、WHILLの2代目「Model C」の開発。ミッションとして、初代の「Model A」の普及価格帯モデルを開発することが課せられた。

「Model Aは砂利道などのオフロードも走行できるわが社にとってのフラッグシップモデルで、4WDの設計でシートスライド機能*を採用したこともあって、重量は116キロと重くなり、また値段も99万5000円と、他社の電動車いすに比べると高額な値段設定となりました。そこで、より軽く機構を簡素化し、コストを低減した普及価格帯モデルの開発を目指すことになったのです」

*手元のコントローラーを使い、最大15cm前方に電動で座面をスライドすることができる。ベッドからの移乗の際に、ベッドと座面の距離を縮めたり、テーブルでの食事の際に、前にスライドさせることで食事を取りやすいポジションを変えたりなどさまざまなシーンに便利な機能。

 

機構設計をどうすべきか

インターンを経て入社した上月さんであったが、入社後はすぐに新モデルの機構設計という大きな仕事に取り組むことになった。

「最初に、会社としてどのような普及価格帯モデルを作ることが本当に正しいことなのか、方向性の検討からはじめました。ユーザーに改良の要望をヒアリングするなかで、多くの人からあがったのが、『自家用車のトランクに入れられるようにしたい』という要望です。車いすが車に積めるようになれば、移動範囲は大きく広がります。ユーザーの満足度を高めるためにも、車載機能を持たせることが、Model Cにマストの条件となりました」

機構設計をどうすべきか

車に搭載するには、折りたたみ式とする方法と、分解して積み込む方式がある。折りたたみ式とする場合、車体の総重量を考えると積み下ろしが困難になることも予想された。

「『折りたたみ式で車載を実現するのは、平均的な日本人や女性では厳しいだろうな』と感じて、検討の結果、分解方式を採用することにしました」

最終的なModel Cの機構では、前輪のオムニホイールのパーツ、モーターを積んだ後輪パーツ、ユーザーが座るシートと、3つに分解できる機構を採用することにした。最も重いパーツであるメインボディー部(後輪)も、1人の大人が無理なく持ち上げられる重さである20キロ程度に設計した。

分解するにあたって必須の条件としたのが「ツールレス」で「誰でも簡単に分解できる機構とすること」だ。分解に工具などが必要だったり、慣れた人間でなければ分解できないような構造にした場合、工具を忘れて外出したときに困り、またタクシーなどの運転手に積み込みを依頼することが難しくなる。とはいえ分解方式にすることで、走行中の車体にガタが出たり、強度や安全性が低下しては本末転倒だ。上月さんはパーツのモックアップを何種類も作り、さまざまなタイプの組み合わせ方式を模索していった。

「分解できても、本当に車載ができるかどうかは調査が必要です。日本でもアメリカでも中古車を購入し、トランクに問題なく積み込めるかどうか、検証を繰り返しました」

 

もう一つの課題は電気回路設計

もう一つの課題は電気回路設計
「WHILL Model C」の手元にあるレバー。前後左右、力を入れず指先だけで簡単に操作できる。

Model Cに分解性能を持たせるためには、電気回路の設計にも大きな変更が必要となった。その実現に尽力したのが日野原さんだ。

「分解方式をとるにあたり苦労したのが、操作パネルのあるシート部分のパーツと、後輪のモーター部分のパーツをつなぐ『マグネットコネクター』の選定です。走行中の揺れなどで、瞬間的に回路が寸断されるようなトラブルがおきないように、さまざまなコネクターの検証を繰り返しました」

電動自動車・電動車いすのようなモーターで駆動するモビリティにとって最重要部品の一つとなるのが、モーターの動きを制御する「モーターコントローラー」と呼ばれる回路だ。WHILLは手元のコンピューターのマウスのようなレバーを操作することで、スムーズに進路の方向を変えることができるが、その動きは左右のタイヤの回転数を電気的にコントロールすることでもたらされる。横方向に傾斜した道も、左右のモーターを適切に制御することで、まっすぐに走らせることができる。

電気回路を設計する際、留意したのはなるべく構造をシンプルにすること。回路を単純化することで、製品の不良発生の確率を減らすとともに、量産コストの削減も同時に達成することも目指した。

「目指したのは、子どもから大人まで、誰でも安心して使うことができる操作性と、乗り降りのしやすさです。説明書がなくても簡単に、感覚的に指先だけの動作ですぐに乗りこなせること。坂道でも危険を感じることがないよう、自動ブレーキや車輪の片流れ防止機能などはModel Aのスペックをそのまま受け継いでいます」

 

自分たちで作り上げたモノが形になるとき

WHILL Model C
Model Aの機能も受け継ぎながら、軽量化・コスト低減に成功した「WHILL Model C」。

そうして上月さん・日野原さんらWHILLのエンジニアが一丸となって作り上げたModel Cの完成形は、Model Aに比べて55%も軽量化を達成すると同時に、メーカー希望小売価格45万円という低価格を実現した。優れたデザイン性は前モデルを踏襲し、車体の色はホワイト、ブルー、ピンクなど、6種類の色の中から選ぶことができる。

「Model Cの試作機が完成して初めて動かしたのは、忘れもしない、2015年のクリスマスの日です。自分たちでゼロから作り上げた乗り物が、目の前で人を乗せてスムーズに動くのを見たときは、言葉にできない感動を覚えましたね」(上月さん)

(後編へ続く)

 

※本記事は取材により得た情報を基に構成・執筆されたものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

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