2016年の開校から4年、日本最大規模の高校となった「N高等学校」 1万2000人を超える高校生たちが体験している「未来の学びの形」とは?(前編)

あなたはN高等学校、通称「N高」を知っていますか?
大人目線では、出版大手の角川書店とIT企業のドワンゴのKADOKAWAグループが開校させた新しい通信制の高等学校。理想の教育を追いかけ、中高生に新しい選択肢を用意する……そんな志を感じられる学校です。
一方、N高に通う学生の目線で言えば、「自分のやりたいことが学べる学校」であり、「学校に通うことなく自宅からネットで勉強できる選択肢」であり、「煩わしい人間関係に悩まされず学べる場」となるのでしょうか。
ともかくN高は2016年4月の開校以来、生徒数を増やし続け、提供する独自のカリキュラムに注目が集まっています。今回はN高がスタートさせた「未来の学びの形」に注目し、校長補佐の吉村総一郎さんとティーチング・アシスタントとしてN高生を支える現役大学生の渡邉紀翔さんに話を聞きました。

取材協力:
学校法人角川ドワンゴ学園
校長補佐 吉村総一郎さん
東京工業大学大学院卒業。製造業系のシステムインテグレーターの勤務した後、ドワンゴに転職。ニコニコ生放送のプラットフォーム開発のリーダーを務め、2015年にN高の立ち上げに参加。プログラミング教育を担当している。

取材協力:
通学コース代々木キャンパス
ティーチング・アシスタント 渡邉紀翔さん
東京農工大学工学部情報工学科3年。通学コース代々木キャンパスのプログラミングの授業をサポートし、生徒の質問に答えるTAを務める。
豊富な課外授業を提供するN高が目指すのは、社会で活躍するための武器を手に入れてもらうこと
──この記事で初めてN高を知る読者も少なくないと思います。改めて、N高の成り立ちと現在について教えていただけますか?
吉村:N高の開校は2016年4月、新しい通信制の高校です。初年度の生徒数は1482人でしたが、現在は2020年1月時点で約1万2000人。この4年で約8倍の規模になりました。開校2年目からは「通学コース」もスタートし、今は全国13キャンパスあり、全生徒のうち2割ほど、約1700人の生徒が通っています。
今日、同席している渡邉さんは代々木キャンパスでプログラミングの授業をサポートしているティーチングアシスタント(以下、TA)で、現役の大学生です。
──ネットを通じて授業を受ける「ネットコース」のイメージが強くありました。
吉村:たしかにネットコースはN高の大きな特徴の1つです。好きな場所、好きな時間に学ぶことができるネット学習で、効率よく高校卒業資格が取得できます。生徒本人の未来に向けた学びに多くの時間を当てることも可能です。そのため、N高では豊富な課外授業を提供しています。ネットで配信されるものもあれば、リアルな活動もあり、その多くの授業が自主作成です。
私の担当で言えば、第一線の現場で活躍するエンジニアが教えるプログラミング教育の授業があります。クリエイティブ系で言えば文芸小説、声優、パティシエ、映像制作、大学受験に特化した講座もあれば、中学の授業を復習する講座やスタンフォード大学やオックスフォードのサマープログラムに参加する国際教育プログラムなど、用意されている課外授業は多岐にわたります。
こうした課外授業を提供する目的は何かと言えば、生徒の一人ひとりに自分の未来に向けて、社会で活躍するための武器を手に入れてもらいたいからです。
──武器ですか?
吉村:社会環境は大きく変化し、1人1台のスマホは当たり前になり、これは見方を変えると国会図書館と弁護士事務所が手のひらの中に収まっているようなものです。それだけの情報を引き出せるツールが当たり前に手の中にあるわけです。
そういった時代に求められる、社会で役立つのはどういう人格像なのか? そう考えたとき、自ら社会にある問題に気づき、解決の方法を探り、プロジェクトを立ち上げ、協力者を集め、チームを動かし、ゴールに近づけていく経験が武器になると思っています。
私も企業で働く1人として中途採用の面接官を務めることがあります。高学歴の人が来てくれるのはうれしいですが、「テストでいい点とるのが得意です」というアピールよりも、「自分でアイデアを出し、技術同人誌を発行。こんな社会的反応がありました」「SNSで社会問題について提起して、こんな活動を続けています」といった人に惹かれます。そういった行動力のある人は即戦力になるし、もしかしたら会社を変えてくれるすごい人材になるんじゃないかなという風に思うんですよね。
主体的に問題を解決していける人間。創造性を発揮できる人間。あらゆる技術、アート、社会問題に対する知見、教養をミックスして、変化していく新しい状況に対応できるような人間。
自主的に動いて、変化に対応していく人材を養うには、従来の学習指導要領だけではなく、幅広く魅力的な課外授業を提供することが大事だと思っています。それが生徒たち本人の内発的動機になるからです。本人がやりたいと思っていることを徹底的に学べる場を用意して、一人ひとりの生徒たちが強い武器を養うことを応援していきたい。あなたのなかのユニークな能力を磨き、強い武器として養い、求められる場で社会のピースとなっていく方が充実感を得られる確率は高くなるのではないでしょうか。
「ティーチャー=教える人」ではなく、ともに学ぶ人─課題解決型学習を通して、武器となる力を磨いていく
──現役大学生でもある渡邉さんに質問ですが、高校進学の時点でN高が選択肢としてあったら検討しましたか?
渡邉:検討したでしょうし、進学先として選んだ可能性もあります。
──実際に今、TAのインターンとして内側からN高を見ていると思いますが、どのあたりに惹かれますか?
渡邉:僕は田舎の中高一貫校に行っていたんですけど、生徒も先生も学校では大学受験に向けて勉強するのが当たり前という環境でした。それがN高に来てみると、「俺、中学のときからプログラミングをやっていた」「高1からIT企業でインターンとして働いている」「NPOでボランティアをやっている」「企業とコラボレーションして服飾のイベントをやった」とか、本当にバックグラウンドの違う学生がたくさんいるんですね。彼らの話を聞くとおもしろいし、中高生の段階で知っていたらN高のような学校に興味を持ったと思います。
吉村:映像作品を作りつつプログラミングもできる学生、コードを書くように作曲もできてしまう学生、特定の社会問題に対して大学院生以上の知見と人脈を持っている学生、日本の社会問題にアプローチしつつ海外とのやりとりを深めながら留学の準備をしている学生……。自分の好きなことをやり、タレントを伸ばしている生徒たち。そんなN高生を見ていると、将来は確実に僕らより稼ぐんじゃないか……という気がするよね?
渡邉:思います(笑)。人間として出遅れていると感じることもありますし、刺激を受けています。実際、僕も大学でITベンチャーへのインターンの話があり、すぐに「やってみたいです!」と手を挙げることができました。これはN高で受けた影響かもしれません。
吉村:ちなみに私はプログラミングの講師として授業もしていますが、1つのジャンルについて見れば、生徒の方が能力高いですよ。
──そうなんですか。
吉村:生徒から学ばせてもらっている感覚は常にあります。そもそもプログラミング教育というジャンルの中では、「ティーチャー=教える人」ではないんですよ。ティーチャーはともに学ぶ人。一緒に学び、話し合うことができ、コーチングできる人という存在。N高の、特に「通学コース」の講師は、そういう関わり方になるケースが多いですね。
──「通学コース」にはどんな特徴があるんですか?
吉村:オンラインの動画講座で効率的に学べる学習環境であるのは、「ネットコース」と同じです。教科やプログラミングなどの知識習得は、ITのメリットを活かして、いつでもどこでも生徒のペースで学習を進められます。それに加え、「通学コース」では講師や他の生徒と対面式で取り組む「プロジェクトN」という課題解決型学習が提供されるのが、最大の特徴です。プレゼンテーションやディスカッション、協働制作などに取り組むことができ、尖った力を持つ生徒が自分の武器をピースとして活かす経験を積むことができます。
様々なバックグラウンドの人間たちが取り組んでいるからこそ、既成概念にとらわれずできることがある
──意地の悪い質問かもしれませんが、ここまでお話に登場してきた尖ったN高生は全生徒のうち何%くらいなんでしょうか?
吉村:尖った才能ある生徒、自分自身でやりたいことを見つけている生徒は全体で言うと、20%くらいですね。一方で、やりたいことが見つからないと悩む生徒も多いですし、課外授業が豊富にあったとしても、プログラミング?英語?プロジェクト学習?どれもピンとこないという生徒もいます。
──少し安心しました。TAはやりたいことが見つからない悩みに対して、具体的にどんな関わり方をするんですか?
渡邉:やりたいことが見つからないっていう生徒さんには、いろんな方向性を提示するように心がけています。たとえば、プログラミングにしても1つの型に絞り込むのではなく、選択肢を伝えて、疑問点をサポートするような関わり方ですね。また、普段の会話から一人ひとりの心の状態を気にするようにもしています。
──メンタル面のサポートですか。
渡邉:何か特別なことをしているわけではなくて、いつもの会話から「今日は元気ないかも?」くらいの距離感です。共感から信頼関係を築いていくよう努力しています。自分がやりたいことを見つけ、プロジェクトを進めている生徒さんに対しては、進捗具合を聞いてみたり、大人たちも関わるプロジェクトに発展したことによって生じている愚痴を聞いたり、感じているプレッシャーに共感したり、ポジティブな方向に向くようサポートしています。
──すごいですね。通学コースの各キャンパスには、渡邉さんのようなTAが何人もいるんですか?
吉村:すべてのキャンパスあわせて何十人と。
──何十人単位なんですか!
渡邉:代々木キャンパスは特に多くて、35人います。
吉村:しかも、私から見ても代々木のTAはキラキラしていて、生徒から頼られるだろうなと思います。
──大学生の渡邉さんはサイエンスシフトの読者に最も近い存在です。どんなきっかけでN高でのTAを始めたんですか?
渡邉:僕は情報工学科というプログラミングを学ぶ学科にいます。学科の先輩がN高のTAをしていたのが、N高のインターンを知るきっかけでした。その先輩がどういうふうに生徒と接して指導していったらいいか悩んでいるときに相談を受けたことがあって、「強く言えない」という悩みに「それでいいんじゃないですか」と答えたんですね。僕としては先輩を元気づけたいだけでエビデンスもなしに言ったんですが、無責任だったかなという思いが残っていて。それで、実際にTAをやってみたらわかるかも……と応募しました。
──教育や心理に関心があったわけでは?
渡邉:ないんです。それまでは情報工学科で普通にプログラミングをしていた人間なので。でも、実際にTAをしてみると、生徒のパーソナリティに寄りそって信頼関係を構築することを考えて接することに面白さを感じています。
また、この記事を読んでくれている大学生にN高のTAの良さとして伝えたいのは、一緒に働くTAの中には一流大の教育学部の学生がいたり、芸大の学生がいたり、様々なバックグラウンドのTA同士の交流からもらえる刺激も大きいということ。
吉村:まだ創立4年ですが、N高だからできる新しいこと。ここだからこそ、育つ人材もいるという手ごたえはたしかに感じています。
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後編に続きます。
2016年の開校から4年、日本最大規模の高校となった「N高等学校」 1万2000人を超える高校生たちが体験している「未来の学びの形」とは?(後編)
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