これから、日本と世界の製薬業界はどうなりますか?大学の研究と製薬企業を結ぶAxceleadに聞く、製薬業界の「これから」

製薬企業とスタートアップや研究機関をつなぎ、創薬研究のサポートを行うAxcelead Drug Discovery Partners株式会社(以下、「Axcelead」)。そのCEOを務める池浦義典さんは、「製薬企業が果たす社会的な役割は、ますます大きくなるはずです」と語ります。次々に新しい技術が生み出される創薬研究の世界で、これから求められる人材についてお話を伺いました。

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取材協力:

池浦義典 Ph.D

1986年3月 京都大学大学院 薬学研究科卒業後、武田薬品工業株式会社入社
2011年4月 武田薬品 医薬研究本部 炎症疾患創薬ユニット長
2012年5月 武田薬品 医薬研究本部 本部長室長
2014年11月 武田薬品 医薬研究本部 湘南サイトヘッド
2017年4月 武田薬品 リサーチ パートナーシップリサーチセンター センター長
2017年7月 Axcelead Drug Discovery Partners株式会社設立時にCEOに就任し現在に至る

マサチューセッツ工科大学 ポストドクトラルフェロー、日本製薬工業協会 研究開発委員会 委員長、Royal Science of Academy, Med. Chem. Comm. editorial board memberなどを歴任

新型コロナが明らかにした製薬企業の大きな意義

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──はじめに、池浦さんが考える製薬企業の役割について教えてください。

これはぜひサイエンスシフトの読者の方々に伝えたいのですが、私は「製薬企業の果たす社会的な役割は、一般に考えられている以上にとても大きい」と考えています。例えば、今回の新型コロナウイルスのパンデミックは流行の当初、世界中の国々で多くの人が亡くなり、重篤な患者も増加の一途を辿りました。

──特にヨーロッパやアメリカの国々はたいへんな状況になりました。

その状況が改善された大きなきっかけが、新型コロナウイルスに対するワクチンでした。猛スピードで開発されたワクチンによって重症化する患者の数を抑えることができ、危機的な状況にあった国々も、落ち着いた生活を取り戻すことができました。ワクチンに加えて、新型コロナに有効な治療薬も複数開発されたことで、医療従事者にかかっていた大きな負担も軽減されました。新型コロナは各国の経済にも深刻なダメージを与えましたが、患者数が減ったことで経済も回復し、アメリカやヨーロッパは、社会全体が元の状態に戻りつつあります。つまり、製薬企業が開発したワクチンと治療薬によって、多くの人が病気から回復するとともに、社会そのものも健全な状態を取り戻すことができたのです。

──世界にそれだけ大きなインパクトを、製薬企業がもたらしたわけですね。

そのとおりです。今回のパンデミックで、製薬企業に期待される役割、社会への貢献可能性が非常に大きいことが明白になったと感じます。新型コロナだけでなく、他のさまざまな病気も、近年、画期的な新薬が生み出されたことによって、患者さんの医療に対する満足度が大きく向上しています。例えば全身の関節に炎症が起こる関節リウマチという病気は、20年程前まで有効な治療法がなく、世界中で多くの患者さんが苦しんでいました。しかし現在ではとても良く効く治療薬が複数開発されたことにより、多くの患者を治療できるようになっています。かつて不治の病の代表格だったがんも、種類によっては薬で治療できるようになりました。現在はまだ根本的な治療法が見つかっていないアルツハイマー病やALSのような中枢神経疾患も、世界中の製薬企業が治療薬の開発を進めています。

──製薬企業が果たす役割は、これからさらに大きくなっていきそうです。

そのとおりです。ほとんどの国で製薬産業が重要産業に位置づけられ、政府もバックアップに力を入れているのは、国民のヘルスケアに直結するためです。一方、製薬産業は人々の命に直接関わりますので、安全性を担保することが非常に重要であり、厳しい規制があります。また高齢化が進む日本では社会保障に占める医療費がどんどん膨らみ続け、国の財政を圧迫するようになりました。国民皆保険を維持するために薬価の引き下げも行われ、製薬企業はこれまで以上に効率的に医薬品を開発しなければならなくなっています。

膨らみ続ける創薬の研究開発コスト

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──新しい医薬品の開発には、たいへんな労力とお金、時間がかかると聞きます。

私が武田薬品に入社した頃は、新薬の開発には一般的に「10年と100億円」がかかると言われていました。しかし現在の世界的な水準では、一つの新薬が臨床で使用されるまでに、期間は同じであっても「2500億円」程度が必要になっていると言われています。製薬企業にとって2500億円の研究開発費を回収するのは、そう簡単なことではありません。

──25倍にもなっているわけですね。なぜそんなにお金がかかるようになったのでしょうか。

一つは、新しい治療薬が求められている病気の多くが、非常に難しいものになっていることがあります。高血圧のような患者数が多く、発症のしくみがわかっている病気については、長年にわたり製薬企業が研究を続けているので、すでにたくさんの治療薬があります。一方で、アルツハイマー病のような病気は、「こうすれば良くなる」という方法論が確立していません。そのため試行錯誤を繰り返す必要があり、必然的に研究開発費がかさむのです。

また創薬技術の発展と多様化によって、製薬企業が持つべき技術が多岐に渡るようになったことも、研究開発コストを押し上げている原因の一つです。最近まで医薬品といえば、化学的に合成される低分子医薬品が主流でしたが、近年はバイオ医薬品や、iPS細胞等を用いた細胞治療、遺伝子治療など、さまざまな医薬品開発のオプションが広がっています。ずっと低分子化合物で創薬を続けてきた会社がそうした新しい分野に進出するには、人材の確保や研究設備に莫大な投資が必要です。最近の新薬開発では、臨床段階に入った薬でも、最終的に市場に投入できる確率は10%程度と言われており、長年の苦労が水泡に帰すことも少なくありません。

──製薬業界には厳しい環境の変化があるのですね。

はい。製薬業界に起きているもう一つの大きな変化がグローバル化です。世界中の研究機関が情報をやりとりするようになり、新薬につながりそうな研究論文は、一瞬で世界に広がるようになりました。とくにアメリカでは、大学の研究室で有望な発見が生まれたら、それをもとにベンチャーが立ち上がり、有効性が実証できた段階で製薬企業が買い取り、事業化していくという流れができています。大学の基礎研究と、製薬企業の実用化がシームレスにつながっているのです。しかし残念ながら日本では、必ずしも十分ではありません。大学で日々素晴らしい研究が行われ、製薬企業の研究所も大きな力を持っているのに、その間をつなぐシステムが上手く機能していないのです。

私たちが今、アカデミア・ベンチャーと製薬企業の間に入り、新薬開発の橋渡しをすることを事業の一つの柱としているのも、その状況を少しでも改善したいという思いからです。ちょうど日本政府も、2022年を「スタートアップ創出元年」とすることを決め、本腰を入れてバックアップに乗り出そうとしており、官民合わせた「創薬のエコシステム」を日本で作り上げることに貢献したいと考えています。

創薬環境におけるアメリカと日本の大きな差

──アメリカと日本では、創薬のスタートアップ環境にどれくらい差があるのでしょうか?

現状ではかなり大きな差があります。日本で今、バイオ分野で実際に新薬の開発を進めているベンチャーは100社に満たないと言われていますが、アメリカには約2500社も存在します。また日本でこれまで上場したバイオベンチャーは30社(時価総額8000億円)しかありませんが、アメリカでは400社以上、全体で95兆円もの時価総額に成長しています。その背景には、スタートアップのイグジット(最終的なゴール)の違いがあります。日本ではスタートアップを成長させて、株式市場に上場(IPO)するのが一般的なゴールですが、それには平均して創業から10年がかかると言われています。一方でアメリカでは、ベンチャー経営者のほとんどがM&Aで製薬企業に買収されることをゴールにするため、短期間でイグジットできるのです。製薬企業一社あたりの研究開発費、バイオ関連の国家予算額もアメリカと日本では数倍〜数十倍の開きがあります。

──そうした製薬業界の課題に対してどんな動きがあるのか教えていただけますか?

私たちAxceleadを例に挙げてご説明します。Axceleadは2017年に、武田薬品の創薬研究基盤の一部を引き継いで設立された会社です。私たちの最大の強みは、「自分たち自身に創薬経験があり、創薬に関するノウハウを創薬研究のスタート地点から臨床試験に入る前の段階まで持っていること」です。研究の支援業務を行う会社を、製薬業界ではCRO(Contract Research Organization)と呼びます。CROは国内外にたくさん存在しますが、その多くは創薬プロセスの一部の試験や評価を請け負うことを業務内容としています。それに対して、私たちは武田薬品の創薬研究基盤を引き継いでいるため、創薬全般に関する技術と経験があります。

そのため、お客さまが創薬のプロセスで何かしら課題を抱えたとき、私たちに相談していただければ課題解決につながる提案をすることができます。提案した試験を実施し、その結果、次にどのようなプロセスが必要なのかを提案することも可能です。それができるのは、武田薬品から受け継いだ創薬経験を持つ人材と技術、最新の設備、さらに武田薬品が過去に行ってきた研究のデータにアクセス可能だからです。

──なるほど、それは確かに他の創薬支援企業にはない強みですね。

私たちが創薬プロジェクトの研究計画を立案し、お客さまと一緒に実施していくケースもあれば、他のCROと同様に、創薬研究の特定の部分を請け負うこともあります。設立から5年の間に、170以上のお客さまにサービスを提供してきました。その中には、製薬企業、ベンチャー、大学の研究室もありますし、AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)や自治体などの政府系研究機関も含まれます。また海外の企業からのお問い合わせも増えており、アメリカのビッグファーマとの共同研究もスタートしています。

先程お伝えしたように、製薬企業にとって次々と出てくる新しい技術にキャッチアップしながら創薬研究を行うためには非常にコストがかかります。しかし私たちのような企業とパートナーシップを結んでいただければ、自身で幅広い技術基盤を持っていなくても、最新の技術を活用した創薬研究が可能になります。創薬研究のスピードアップと効率化につながることが、お客さまに評価を頂いているポイントだと感じています。

創薬は「自前主義」から外部との連携へ

──創薬研究の仕事を目指している若い読者の方々に、何かアドバイスはありますでしょうか?

先述のように創薬の技術革新は日進月歩で進んでおり、一つの会社だけですべての技術を持つのはほぼ不可能な時代となりました。そのような状況の中で革新的な医薬品を生み出すには、私たちのような会社に依頼をするのも一つの手ですし、大学やベンチャーと共同研究するというやり方もあります。自社以外のさまざまなパートナーとの協力関係抜きでは、新薬の創出は難しい時代となり、「自前主義」からの脱却が求められているのです。これからは「AIを利用した効率的なデジタル創薬はこのベンチャーと組む」「核酸のデザインはこのスタートアップに依頼する」といったように、最適なパートナーをジグソーパズルのように組み合わせて、目的とする医薬品の研究を設計する力が必要になっていくでしょう。

そういう時代に創薬の仕事を目指す人には、「社外の技術や専門性に関する幅広い知見」と、それを受け入れる柔軟性、そして人的なネットワークが求められるようになります。また自分と違う背景を持つ人と協働するためのコミュニケーション力や、互いに対するリスペクトも必須となるでしょう。多様な価値観を受け入れながら、ネットワークを広げて、積極的に行動できる人が活躍できるはずです。

──自社の枠内にとどまらず、外部とつながることがますます重要になるわけですね。

はい、もう一つぜひお伝えしたいのは、「創薬に関わる仕事は、研究以外にもたくさんある」ということです。サイエンスシフトの読者の方々は、研究者を目指す人が多いのではないかと思います。しかし私がいた武田薬品には、研究所で働いた後にその経験を活かして、人事、薬事、製造、営業部門の仕事で活躍している人がたくさんいました。研究に本気で取り組んだ経験と、研究知識のバックグラウンドは、製薬企業のあらゆる仕事で幅広く活かすことができます。

また最近は、研究経験を活かして「ベンチャーを起業したい」という学生さんも増えています。先日も大学院の学生さんに相談を受けたところですが、私は「自分で起業する前に、製薬企業で何年か働いてみるのも役立つと思うよ」とアドバイスしました。製薬企業で働くことで、創薬全体のプロセスを学ぶことができるからです。創薬の仕事に真剣に取り組み、知識と技術を身につければ、日本だけでなく海外でも働くチャンスが広がります。また創薬に関心がある方が、私たちAxceleadをキャリアパスの一つに考えてくれたらとても嬉しく思います。私は「いけちゃんねる」というYou Tubeチャンネルで定期的に情報発信しています。そこでは創薬に関する最新の話題や、創薬研究のトレンドなど、お話していますのでよろしければぜひご覧ください。

ss2209_interview_axcelead_06Axcelead Drug Discovery Partners 株式会社 YouTubeチャンネル

 

※本記事は取材により得た情報を基に構成・執筆されたものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

 

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