医療の現場の最前線 沢井製薬・情報提供のためのAIチャットボットに込められた理想

製薬企業の仕事は、薬を作ることだけではありません。その薬の正確な情報を届けることもまた、重要なミッションです。

ユーザーが知りたいことを、企業に対してすぐに問い合わせができる「チャットボット」。近年、その便利さから、さまざまな企業ウェブサイトで活用が始まっています。ジェネリック医薬品大手の沢井製薬では、2018年2月に製薬業界で初めて、自社の医薬品情報のサイトにAI(人工知能)を搭載したチャットボットを設置しました。

日々忙しく業務に励む医師・薬剤師の問い合わせに正確かつ迅速に回答することで、より多くの患者さんにすばやく適切な医薬品を届けることを目指しています。AI搭載チャットボットの開発を指揮した柿木充史さんに、システム構築の背景と導入によって得られたメリット、そしてそこに込められた思いを聞きました。「最新のITツール」という華やかに見える成果の根っこには、変わらぬ、理想を追求する姿勢がありました。

取材協力:

沢井製薬 営業統括部 営業企画グループ

薬学博士 薬剤師 柿木 充史さん

入社のきっかけ

−−まず、柿木さんが沢井製薬に入社されたきっかけを教えてください。


私は以前、食品業界で働いており、食品や原料の中の残留農薬やカビ毒、重金属などを分析する分析法を開発する仕事に従事していました。大学で薬学の博士号と薬剤師の免許を取得した後は、食品業界や医薬品開発研究の受託機関で働きました。そして、より人々に直接的に貢献できる仕事がしてみたいと考え、現在の沢井製薬に中途で入社しました。

入社9年目の現在は、沢井製薬の営業統括部で、お客さまである医療関係者に向けて情報を提供するウェブサイトの管理・運用を担当しています。2018年2月に、そのウェブサイトのリニューアルを行い、製薬業界で初めて「AIを搭載したチャットボット」を導入いたしました。

チャットボットとは、「チャット(おしゃべり)」と「ロボット」を組み合わせた言葉で、ウェブサイトの右下などに表示される小さな画面で、いつでも手軽に問い合わせができるシステムです。コールセンター等で電話するよりも手軽で簡便、スピーディに企業と消費者がコミュニケーションできるので、多くの企業ウェブサイトで導入が始まっています。

チャットボット導入を決めた理由とは?

 
−−チャットボット導入を決めた理由を教えてください。

きっかけは、医薬品情報学会が主催するJASDIフォーラムに参加したことでした。

その時のフォーラムのテーマは「製薬企業ホームページの未来を語る」で、医療関係者や製薬企業担当者が参加し、製薬企業のサイトがどうあるべきかについて議論されました。そこで薬剤師からの声で、「医薬品を使うにあたって情報をサイトで調べるが、製薬企業によってレイアウトや掲載されている情報が異なり、探すのが大変で困っている」「資料のページまで辿りついても、結果的に求めている資料がないこともある」などの意見でした。

製薬企業全体で統一したレイアウトにしてほしい、という声もありましたが、それは各企業の考えもあるので実現はなかなか難しい。しかし先生方が負担に感じているのであれば、改善しなくてはならないと考え、サイトのリニューアルのタイミングで必要な情報に速やかに到達できるシステムの構築を検討することにしました。ちょうど同じ頃に、消費財のメーカーや携帯会社、ECサイトなどがチャットボットの活用を始めており、その使いやすさを自分でも感じていたので、製薬業界では初めての試みでしたがチャットボットを導入することを決めました。

導入にあたっては費用がかかりますし、企業である以上「入れたことでどれだけの利益につながるのか」という声は社内にもありました。しかし、それ以上にお客さまである医療関係者に対しての利便性が向上することを熱く語ることで社内を説得することができました。

チャットボット導入にあたっての課題は?

 
−−導入にあたっての課題は何だったのでしょうか?


実際のシステム構築は、国内大手のシステムインテグレーターと、AIプログラムに実績のあるIT企業に協力を仰ぎました。弊社が取り扱う医薬品は、現在760品目以上もあり、トータルすると扱う情報は6万を超えます。

一問一答型のチャットボットを導入する場合、通常は事前に質問内容を予想し、それに対する回答を人力で打ち込んで用意します。しかしその方法では、必要なシナリオが膨大になってしまい、手に負えなくなることが確実でした。そこで、チャットボットの裏側に医薬品のデータベースを用意し、AIが質問の文章で使われている語句を解析し、正しいアンサーを自動的に提供するシステムを開発することにしました。

いちばん大きな課題となったのが、質問の文章に使われる言葉を、どうやって正しく解釈するかという問題です。同じ意味の言葉でも、人によって使い方が異なります。従来のAIを使っていないチャットボットの場合は、こうした言葉の違いをすべてパターン化して予め人力で入力していく必要がありました。私たちはAIの自然言語処理を活用することで、こうした言葉の「ゆらぎ」を質問者の意図通りに理解・吸収し、適切な回答を行うシステムを開発することに成功しました。

医療関係者からはどのような質問があるの?

 
−−医療関係者からはどのような質問が寄せられているのでしょうか?

それまでも医療関係者からの質問で多かったのは、「製剤安定性」と、医薬品の使用期限、患者さん向け資材に関する問い合わせです。電話やメールでの問い合わせのうち、この3つが占める割合は全体の43%に上っており、チャットボット導入においてもこれらの質問に対して正確な回答を返すことを第一優先といたしました。

使用期限に関しては、薬のシートに記載されているロット番号を入力してもらえれば、即座に回答が表示される仕組みを整えました。製剤安定性とは、温度や湿度、光、などの保管条件、または他の医薬品と一緒の袋につめた場合を想定し、薬がどのように経時変化するかの評価になります。

従来は医薬品の名前で検索して、多くの情報の中から安定性試験の結果が載った資料を探し出す必要がありましたが、現在はチャットボットに、例えば「○○(注:薬剤名)の安定性は?」「○○は一包化できる?」などの質問を入力することで、一回の操作で目的の資料を表示することができるようになりました。

患者さん向け資材も、例えば「高血圧の資材」などを入力してもらえれば、即座にそれに関連する資材が表示され、またその資材を取り寄せることができる仕組みを作りました。病院や薬局では、高血圧・糖尿病などの患者さんに対してそうした資材を無償で提供しており、私たちは患者さん向けに200種類以上の資材を用意しています。以前はそれらの資料請求を電話・メールで受け付けていたのですが、チャットボットの導入によって、簡単に検索し迅速で正確にご提供できるようになりました。

これまでの医薬品情報サイトは、必要な情報に辿り着くためにサイトから必要な情報を読み取り、ページを移動する必要がありましたが、チャットボットを利用することで、サイト内のあらゆる場所に瞬時に飛べるようにもなり、利便性は大幅に向上しています。事前の予測質問の精度の関係で、公開当初は86%ぐらいの回答率でしたが、シナリオをどんどん改善することにより、2018年12月時点では92%の回答率まで向上しました。現在は、ほとんどの質問に対して、正しい答えを返せるようになっています。

これからのチャットボットの展開について

 
−−これからのチャットボットの展開について教えてください。

製薬企業がAIを活用したチャットボットを導入したのは業界初だったので、先生方がどのような反応をするか多少心配しておりましたが、公開後の有用性のアンケート評価では、約7割の方に「利便性が向上した」と答えていただきました。

ウェブサイトの情報への到達時間を分析したところ、従来の検索では目的の情報に到達するまでに約60秒かかっていたのに対し、チャットボット導入で半分程度の時間に短縮することができました。

今後このシステムを改善していくにあたり検討しているのが、ディスプレイつきのスマートスピーカーやスマートグラスに対応することです。薬剤師の先生方が調剤業務等を進めながら、音声で質問することで瞬時に回答が得られるようになれば、PCの前に移動しキーボードに文章を打ち込む時間も必要なくなります。薬剤師や医師の方々は、限られた時間の中で沢山の患者さんの治療、対応にあたっており、その仕事にかかる時間を少しでも短縮することができれば、患者さんのメリットにも直結します。ぜひ実現したいと考えています。

チャットボットには親しみやすさを持ってもらうため、「ジェネちゃん」という弊社の公式キャラクターを案内役としました。ジェネちゃんへの質問には、薬に関する通常の問い合わせの他に、「長生きしたいのですがどうすればいいですか?」「ジェネちゃんの好きな食べ物を教えてください」といったものもあります。今後は、そうしたユニークな質問に対する答えもシナリオに入れることで、楽しみながら使ってもらえるようにしたいですね。

実際のチャット画面。沢井製薬の公式キャラクター『ジェネちゃん』が案内してくれる。

弊社がチャットボットを導入してから、他の製薬企業でも一部の医薬品にチャットボットを活用する動きが始まりました。こうした便利で医療関係者の役に立つシステムは、どんどん普及していって欲しいと考えていることから、関連団体のセミナーなどで包み隠さず取り組みについて発表しています。一人でも多くの医療関係者の方々に使っていただけることを目指して、これからも開発を続けていきます。

※本記事は取材により得た情報を基に構成・執筆されたものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

 

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