挫折・失敗に向き合って立ち直る、科学的な方法を知る【久世浩司さんのレジリエンス入門:第一回】
前向きに生活していれば、誰しもが「失敗した」「うまくいかない」と感じることがあるはずです。あるいは単純に、「挫折した」と思いたくなることもあるでしょう。
こうした感情は自然なもので、一方では前に進むエネルギーにもなり得ます。しかし、これにとらわれてしまっては……、ただただつらい、ですよね。
そこでキーになるのは、心理学の世界で長らく研究されてきた、「レジリエンス(resilience)」というコトバ・概念です。これを応用し、多くの企業に研修やコンサルティングを行ってきた久世浩司さんに、私たちが知っておきたい、レジリエンスの基礎を聞きました。
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挫折体験は辛いもの
仕事での失敗や、苦手な人との人間関係のストレスに負けそうになって、心が折れかけた経験をしたことがありますか? 私もそのような挫折体験に直面したことがあります。
とくに最近では「変化」や「先の見えない不安」にさらされて、ストレスやプレッシャーを感じる人が増えています。ストレスは企業でも大きな問題となっているため、ストレスチェックを導入している会社も増えています。ストレスから従業員を守るための取り組みですが、「高ストレス者」として認定を受けると、「やっぱり今の仕事はストレスが多かった」「自分はストレスに弱い」と気づいて、ますます心が落ち込む人もいます。
After コロナではストレスが溜まりやすい
新型コロナウィルスの影響により、多くの人が普段以上にストレスを感じていると思われます。外出するときにマスクをつけ、他人と密にならないように距離を取り、手洗いや消毒などの衛生に気をつけなくてはいけません。
在宅勤務も人によっては気を使います。外に出る機会が減ることで、体を動かすことができないため、無意識のうちにストレスが蓄積し、気分や体調を害してしまいがちです。
HSPタイプは対人ストレスに過剰に敏感に反応しやすい
「自分は他の人よりもまわりの人に影響されやすく、疲れやすい」と悩んでいる人は、もしかすると「HSP(とても敏感な人)」と言われるタイプかもしれません。
HSPは米国の心理学者であるエレイン・N・アーロン博士が提唱したパーソナリティの特質で、5人に1人がこのタイプに当てはまると言われます。とくに対人関係において繊細で、相手の表情や反応に気になり、機嫌が悪い人が近くにいると緊張し、周囲の人に振り回されて心身が疲労しやすいことが特徴です。対人だけでなく、仕事場の音やにおいも気になり、作業をするにしても細かいところまで気になってしまい、仕事に時間がかかることもあります。
このタイプは、決して神経質でも不安症なわけでもなく、普通よりも敏感で繊細なだけですが、対人関係においてストレスが溜まりやすく、心が折れやすくなってしまいがちです。
失敗やストレスに負けない人は、立ち直りが早い
では、失敗しても挫折することなく、ストレスにも負けない人は、どのような特徴があるのでしょうか? 生まれながらにして、打たれ強い心の持ち主なのでしょうか?
心理学の研究によると、心が折れにくい人の中には、確かに生まれつき精神がタフで図太い性格の人がいることがわかっています。皆さんの周りにも、他人から批判されたりディスられたりしても、全く気にすることのない、いわゆる「面の皮が厚い」人がいるのではないでしょうか? ある意味で、本人の鈍感さが心の折れにくさにつながっているのです。
一方で、心が繊細で、他人の気持ちに敏感な人でも、難しい仕事に諦めずにチャレンジし、失敗しても次の日には気分一新して元気な姿を見せる人がいます。その人たちは、必ずしも打たれ強い心を持っているのではありません。うまくいかないことがあれば心が落ち込みますし、経験したことのないことに取り組むときには不安で足がすくみそうになります。しかし、たとえ心が落ち込んでも、すぐに元の状態に戻ることのできる、「立ち直りの早さ」を持っているのです。その特徴を心理学では「レジリエンス」といいます。
レジリエンスとは?
レジリエンスは「再起力」を意味する用語で、心理学においては「逆境やトラブル、強いストレスに直面したときに、適応する精神力と心理的プロセス」と定義づけられています。「立ち直る力」と言った方がわかりやすいかもしれません。
レジリエンスは、心理学では30年以上研究されてきました。国内でもNHK『クローズアップ現代』で特集され、新聞や雑誌などでも取り上げられ、数多くの企業が「メンタルヘルスの一次予防」として従業員向けのレジリエンス研修を取り入れています。
体の疲れはぐっすりと眠ることで回復するかもしれませんが、心の疲れは同じようにはいきません。寝ている間も仕事の心配事が繰り返されることもあります。とくに失敗などをしたときは、「人に迷惑をかけた」という自責の念や「これからどうしよう」という不安で心がいっぱいになり、マイナスの気持ちを引きずってしまいます。精神的に立ち直れずに、心が折れてしまいます。つまり精神的に挫折してしまうのです。
一方で、レジリエンスの高い人は違います。すぐに立ち直ることができるのです。心配事や悩みで仕事が手につかないこともありません。ネガティブ感情を断ち切り、気持ちの切り替えが早く、問題の解決にすぐに行動できるのです。
私は辛い挫折で悩んでいる人こそ、このレジリエンスが必要だと考えています。
レジリエンスは何歳からでも身につけられる
レジリエンスの研究の結果わかったのは、「レジリエンスの力は誰にでもある」ということです。病気になっても自力で回復できるように、私たちの心の内面には立ち直る力、つまりレジリエンスの力が生まれた時から備わっているのです。
ただ、日々のストレスや人間関係の問題などで、私たちがもっているレジリエンスが脆弱になってしまうことがあります。とくに心が折れそうな困難な経験に直面すると、ストレスが溜まり、体調不良となり、心の健康を蝕んでしまいます。精神的な回復力が本当に必要な時に、レジリエンスの心の力が弱って発揮できないのです。
そのため、普段の仕事や生活の中で、自分が持っているレジリエンスをメンテナンスしておくことが重要となります。筋トレをイメージしてください。運動せずにいると足腰が弱ってしまいますが、適切なトレーニングをすることで、健康な筋肉を維持し、弱くなった筋力を取り戻すことができるのです。
しなやかに立ち直る心は誰でも身につけることができます。レジリエンスに適齢期はないのです。実際子どもからシニア世代までその能力を身につける事例を多く見てきました。そして確信をもって言えることは、レジリエンスを身につけると働き方や生き方、つまり人生が大きく変化するということです。
レジリエンス度をチェックする10の質問
あなたはどの程度のレジリエンスをもっているでしょうか?
自分はすでに高いレジリエンスをもっていると自覚をしている人もいれば、自分にレジリエンスがあるのかどうかわからない人もいると思います。
そこで、実際にあなたにどの程度のレジリエンスがあるのかチェックしてみましょう。
次の14の質問に「Yes」または「No」で答えてください。
- 仕事で気がかりなこと、不安なことがあると、モヤモヤして夜眠れなくなる
- 月曜日がくるのが憂うつだ
- しっかり睡眠をとっても、翌朝すっきりと起きられない
- 夢中になって打ち込めるスポーツ音楽の趣味がない。あっても忙しくてする時間がない
- 新しいチャレンジの場面で「自分には無理かもしれない」とあきらめてしまいがちである
- 学生時代に部活動や勉強などで思いどおりにいかず、「自分には向いてないのかもしれない」と断念したことがある
- 不安や悩みを人に相談できず、1人で抱え込んでしまう
- やりたくない仕事、あまり得意でない仕事は、つい先送りにしてしまう
- 一度失敗をすると「次もだめかもしれない」と不安になる
- 仕事や人間関係がうまくいかないとき、原因は自分にあると思う
- 仕事、お金、老後など将来のことを考えると漠然とした不安に襲われる
- 「自分さえ我慢すればいい」と思うことがよくある
- 容姿、学歴、内面に大きなコンプレックスがあって何をするにも自信がない
- イライラして飲酒やギャンブルが止まらないことがある
では、結果を見ていきましょう。
▼「Yes」が0〜3個の人
非常に高いレジリエンスをもっています。逆境に強い思考力をもち、失敗や挫折をチャンスに変えて成長する力があります。世界のトップクラスで活躍するビジネスパーソンに多いタイプです。
▼「Yes」が4〜7個の人
標準のレジリエンスがあります。逆境で心が折れても、なんとか立ち直って乗り越えているのではないでしょうか。さらにストレスに強くなり、立ち直りがスムーズになると、より飛躍できます。
▼「Yes」が8個以上の人
残念ながらレジリエンスがある人とは言えません。自分に自信がなく、一度心が折れてしまうとチャレンジすることから逃げているのではないでしょうか。レジリエンスを高めて逆境に強くなる必要があります。
いかがでしたか? 結果が思ったほどよくなくても落ち込むことはありません。これからの行動次第で、レジリエンスを高めることは十分可能だからです
立ち直りを早くするために今日からできること
挫折しそうなときに心を回復させる力であるレジリエンスは、日常の生活でトレーニングすることが可能です。レジリエンスの力は習得して鍛えることができるのです。
実はレジリエンスを鍛える機会は、仕事の中にたくさんあります。ストレスを感じたときこそ、このストレス耐性をトレーニングするチャンスなのです。
私はこの「レジリエンス・トレーニング」を専門とし、一部上場企業や自治体、医療機関やベンチャー企業などで研修・セミナーを実施してきました。そこでは、主にレジリンスを強化するための技術を教えています。研修の要望が多いため、レジリエンス研修を教える講師を認定するプログラムも行なっています。全国で数百名の認定講師が研修やセミナーを行なって、社会人の「立ち直る力」を養う手助けをしています。
この連載記事では、レジリエンスを高める技術を中心に、社会人であれば誰もが必要な仕事に役に立つ働き方やストレスへの対処法を紹介していきます。
不安で悩んでいる人でも、立ち直りを早くするために今日からできることがあります。それは「自分の心には、しなやかに回復する力が備わっている」と自覚することです。レジリエンスの力は誰にでも備わっています。その事実を理解することが、立ち直りを早くする大事な一歩なのです。
※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。