人生を楽しむためのプロジェクトマネジメント超入門_第2回

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人生を楽しむためのプロジェクトマネジメント超入門_第1回

前回は、まずプロジェクトマネジメントを「やりたいことを上手くいかせるためのノウハウ」ととらえ、人生や生活に活用可能なものであるということと、「プロジェクトマネジメントの基本的なサイクル」を理解して頂くことに注力いたしました。そして、我々はこのサイクルの中における「実績」を意外なくらい把握できておらず、若いうちにこの「実績」をきちんと把握することが大切である旨をお伝えいたしました。
今回は若いうちから把握しておくべき生活における具体的な「実績」とは何かをご紹介いたします。

社会人になる前に把握しておきたい『実績』

社会人になる前に知っておきたい「実績」、言い換えれば、社会人になる前に知っておきたいあなたの生活の実際とは何かをご紹介したいと思います。
まずは毎日確実に発生し、また確実に体調やパフォーマンスに影響する睡眠についてです。
我々の生活の中で睡眠時間は大きな比率を占めています。毎日8時間睡眠をとっている人は一日の33%、6時間の人は25%を睡眠に費やしています。何のために睡眠をとっているのでしょうか?

もちろん、健康の維持、疲労の回復のためです。つまり、健康を維持し、疲労を回復ができていない睡眠は、一日の大きな比率を使っているにも関わらず目的を満たせていないことになります。また、最近の研究では、睡眠中にアルツハイマー病の原因の一つとされているアミロイドβの排出がなされている可能性があることがわかってきました。睡眠の重要性を示す情報は枚挙にいとまがありません。

社会人になると睡眠時間の制約が出てきます。一般的には22時~26時の間に就寝し、6~8時の間に起床することが多いと思います。どういう睡眠をとれば、健康を維持でき、十分な疲労回復が可能なのかを把握できている人はどれくらいいらっしゃるでしょうか?
私が自分の睡眠のデータを取り始めた頃は睡眠のモニターをすることは難しく、深い睡眠と浅い睡眠を知ることはできませんでした。10年ほど前から脈と睡眠中の動き等をセンサーでとらえ、深い睡眠と浅い睡眠を把握できる活動量計が手に入るようになりました。そういったテクノロジーを活用して、自身の睡眠情報を蓄積することが可能となりつつあります。私自身も腕時計型の活動量計をつけて睡眠の質、時間の情報を蓄積し、分析しています。
睡眠のデータをとり、翌日の体調、眠気などを記録するだけでも意味がありますが、翌日の仕事のパフォーマンスとの関係や、週単位での総睡眠時間と体調との関係などが見いだせると、より大きな意味があります。

次に私がおススメする「実績」は、過ごした時間のパフォーマンスです。
単純に「好調(〇)」「普通(△)」「不調(✖)」の3段階評価でも十分に価値のある情報ですが、できれば滅多に出ないレベルの「絶好調(◎)」「絶不調(✖✖)」も追加して、5段階評価にすることをおススメします。この例外的な絶好調を私は「天才の時間」と呼んでいますが、その時間の出現比率を高めることができれば大きな財産となります。
それぞれの作業に評価をつけ、一日の終わりに「午前中」「午後」「夜」のそれぞれの評価、そして総合的な一日の評価を同様に✖✖~◎の5段階評価にしてみてください。すぐには気づかないかもしれませんが、絶好調、絶不調の出現パターンが見いだせるかもしれません。
また、パフォーマンスを計測する対象となる作業は知的作業と単純作業に分類されます(他にも様々な分類方法があります)。知的作業に合った状態と、単純作業に合った状態がどういう条件で出現するかを知るために記録するのです。

また、知的作業もインプットとアウトプットに分かれます。私の経験だと読書や資料読み込みのようなインプット知的作業に合った状態と、著作や資料作成、研修作成、講演、講義、プレゼンテーションのようなアウトプット知的作業に合った状態は全く異なりますし、その状態は異なる環境下で出現します。
私の場合は、インプット系の作業は午前中、特に土日の午前中に生産性が高いことが多いです。一方、アウトプット系の作業は一般化するのが難しいですが、午後から夜に出現することが比較的多く、一度、出現すると数時間だけ持続します。インプット系の作業は中断されても、少し時間があれば再び波に乗ることができることが多いのですが、アウトプット系の作業は中断されると高い生産性が戻ることは稀です。つまり、アウトプット系の作業を行う時は中断されないための工夫(内線電話の取次ぎをしてもらわないようにする、携帯電話の電源を切る、メールチェックはしないようにする、家族が部屋に入ってこないようにする等)をすることがより重要になるのです。

下記の図はあくまでも作業分類の例ですが、知的作業の比率が高い作業を青、知的作業の比率が低い作業を黄色で示してみました。単純作業の比率が高い作業のほとんどはアウトプット系(あまり頭を使わず決められた手続きに従って何かを作るような作業)ですが、発言せずに議論された内容だけを確認するような消極的な会議参加は単純作業中心のインプット系の作業と言えるかもしれません。この青い色の作業、つまり知的作業の比率が高い作業の生産性が高い環境(睡眠時間や特定の時間帯、BGMの有無、温度、湿度等)を知ることはとても大切なことであり、大きな差別化要因になりえます。

また、自分の知的作業の生産性をある程度把握しておくことも大切です。例えば、読書スピードや原稿を書くスピード等です。小説のように文章を味わうものと、ビジネス書のように要点がつかめれば良いもので読書スピードも異なりますが、私はそれぞれのスピードを把握できています。その結果、いつどれだけの本を読めるかの予想がつけられ、一週間の中での読書予定を立てることができます(ちなみに今も最低でも一週間に2冊程度は読書する習慣は続けています)。
私は昔から文章を書くことに抵抗が無かったこともありますが、自分の執筆スピードをある程度把握しています。もちろん、書く内容や調子によってスピードは変わりますが、自分のスピードを把握していることで、安請負することがなかったり(短すぎる期日で受けてしまうようなケース)、逆に構えすぎて執筆自体を断ったり、長すぎる期間で受けてしまうようなことは大幅に減っていると思います。

特に学生の皆さんにおススメしたいもう一つの習慣、『実験』

そして、「実績」を知るだけではなく、その「実績」をいかに「計画」=あるべき姿に近づけるかを知ることができれば、さらに大きな将来への財産となり得ます。
全ての学生がそうだとは言いませんが、多くの学生は社会人よりも自由な時間を持っていると思います。そして、社会人にはない「余裕」を持っている人が多いと思います。この「余裕」とは金銭的な余裕ではありません。失敗ができる精神的な余裕です。社会人になるとなかなか失敗できないように思ってしまいます(個人的にはちゃんとしたチャレンジの結果の失敗はしても構わないと思っていますが、これはまた別の機会にお話ししたく思います…)。

この学生の特権とも言える「時間」と「精神的な余裕」を活用して、ぜひ「実験」をして生活における自分の勝ちパターンを把握してもらいたいのです。
例えば、先ほどもあげた睡眠時間ですが、3~4ヶ月単位の実験をして、自分に最適な睡眠時間、就寝時刻、起床時刻、睡眠サイクル(一般に90分と言われているが個人差も大きい)、深い睡眠と浅い睡眠の比率、前日の過ごし方、飲酒量の関係等を探ってみてもらいたいのです。3~4ヶ月単位というのは、睡眠については慣れの影響も大きく、新たな生活リズムに慣れるまでは数カ月はかかる可能性があるからです。朝起きた時の印象、その日一日のパフォーマンスを自分なりの指標で良いので記録し、睡眠時間などとの相関関係を見出してもらいたいのです。

ちなみにこれまで大学院の授業で多くの学生に聞いてきましたが、学生の多くは自分のことを「夜型」と思い込んでいるようです。私自身も大学生の時は完全な夜型だと思っていました。週に二度、三度と徹夜麻雀をするような生活をしていたのですから、当然、自分は夜行性だと思っていたのです(笑)。ところが、実際は大きく違い私は朝型でした。他の人達に比べ朝早く起きることが苦ではなく、朝早く起きた時の生産性が高かったのです。大学生の時は朝型の生活をしていなかったため、夜型と思い込んでいただけだったのです。社会人になるとほとんどの人は「朝型」への移行を余儀なくされます。そして、移行直後の数カ月は調子がでないはずです。が、それはタイプではなく、生活習慣の変化によるものです。学生時代から、睡眠のデータを取り、翌日のパフォーマンスとの相関を見ながら、自分にとって適切な睡眠スタイルを確立する「実験」をすることで様々なことがわかり、社会人になった時の準備にも使えます。

こういった実験は社会人になって行うにはそれなりに勇気が要ります。私自身は社会人になってからも実験を繰り返しましたし、それはとても意味があることでしたが、早期からやる方が良いことは間違いありません。

こうした日々の生活のデータを取り、分析し、仮説をたて、実験する習慣をぜひ学生の時につけてみてはどうでしょうか?
この習慣は社会人になっても続けることをおススメします。きっと大きな効果を上げることができます。

「実験」の結果、知ることのできる自分にとっての勝ちパターン、とても心強い情報です。
社会人になれば学生時代とは異なる不安に襲われることは不自然なことではありません。誰しもそういう経験はあると思います。そんな時、自分の勝ちパターン、自分の力を最大限に引き出せる条件を知っていると思えるだけでも、心の安定に繋がりますし、高いパフォーマンスを発揮することにも繋がります。

今回、2回に渡ってプロジェクトマネジメントの基本的なサイクルを理解した上で、その「実績」を記録し、「実験」によって生活を改善し、自分の勝ちパターンを知る重要性をお話してきました。
プロジェクトマネジメントが生活に適用できるということ、より人生を楽しむための強力なノウハウであることをおわかり頂ければ幸甚です。
次回は多くの若い方々がハマってしまう思考のワナについてご紹介したいと思います。

 

※本記事の内容は筆者個人の知識と経験に基づくものであり、運営元の意見を代表するものではありません。

 

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ライタープロフィール

米澤創一
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 特別招聘教授。プロジェクトマネジメントコンサルタント、人材育成コンサルタント、コーチ、メンター。元アクセンチュア株式会社 マネジングディレクター。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科設立の2008年から非常勤講師として教鞭をとっており、2017年より現職。プロジェクトマネジメントと心理学等を融合させ、より人間中心のプロジェクトマネジメントを追究している。また、より豊かで幸せな人生を送るために、プロジェクトマネジメントスキルを実生活にも活用することを提唱しており、その講義は人気講義として定着している。さらに物事の本質を把握する「本質把握力」、それを常に意識する思考習慣である「本質思考」を身につけることにより、誰もが陥ってしまう思考のワナを回避し、本質的な問題解決に導くという講義や「自律型組織におけるリーダーシップ」等の講義も圧倒的な支持を受けている。これらの講義をもとに「プロジェクトマネジメント的生活のススメ」(日経BP社)、「本質思考トレーニング」(日本経済新聞出版社)を上梓。約27年のアクセンチュア社でのキャリアのうち13年半の間、マネジングディレクターを務め、日本におけるプロジェクトマネジメントグループの統括、SAPプラットフォームの統括、教育責任者、品質管理責任者、グローバルのSAPプラットフォームにおける教育責任者などを歴任し、国内だけではなく、グローバル組織のリーダーシップの役割も務めた。プロジェクトマネジメント、システム開発方法論・ソフトウェア工学などの専門性を活かした大規模かつ複雑な難易度の高いプロジェクト・プログラムのマネジメント、組織運営、組織開発、組織として取り組むべき技術の選定、アライアンスとの関係強化、教育体制の強化、品質保証体制の確立など数多くの実績がある。アクセンチュア社での数多くの経験と慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科での研究をもとに、より幸せになるための極意を追究し続けている。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科での活動以外にも、講演、セミナー、プロジェクトマネジメントコンサルタント、人材育成コンサルタント、経営者から若い世代に至るまで幅広くメンター、コーチを行っている。美味しいお酒(特に日本酒、ワイン)、美味しい食事が大好き。自身で料理や燻製作りを行う。ゴルフ、ダーツ、映画鑑賞、音楽鑑賞、読書、美術館・博物館巡り、ボードゲーム、クイズ・パズル、カラオケなど非常に多趣味であり、凝り性。「教育と日本文化の振興を通じて50年後の日本をより良くする」、「縁ある人々をできるだけたくさん幸せに導く」というのが自身のミッションステートメントであり、「人生の目的は幸せになること」、「縁を大切にする」というのが信条。

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